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御意、ならびにお礼

keigoさん(と馴れ馴れしくさんづけするのは恐縮するのだが)へのお礼を兼ねて。。。

11月20日に書いた日記「温泉ホテル宿泊拒否に思う」へのtrackbackがあったのだが、私と同じくどきっとされた方がいらっしゃったようだ。

keigoさんという方のblogの記事「これは差別擁護発言では?」を見て、私の書いた日記が誤解されたままなのかと慌てて(^^:覗いてみたら、どうやらここに書かれている記事への感想を暗に私に知らせてくださったのだなと思った。

私と同じく、GK68さんという方のGK68.pepper.jp: 「擁護」ではなく、立派な「差別」という記事にもくkeigoさんよりtrackbackがあったようだ。

今回のtrackbackに関しては、正直なところ「私のサイトとkeigoさんのサイト間でフレームになってしまわないか?これだけはなんとしても避けたい」ということをまず考えた。でも、杞憂であったのだと思う(思いたい)。

これは過去の掲示板運営に疲れたことに起因する。ある種の私のトラウマかもしれない。私は掲示板を設置したとき、もともと掲示板設置以前にアトピー患者個人としての自分の意見を自分の掲示板内でも主張すべきなのか、あくまで自分の掲示板でも完全中立を維持するかで何度も気持ちが揺れた。時にそれがフレーム(際限なく罵倒合戦が繰り返される状況)になったことも何度もあるが、そのうちそれが嫌になり、もともとの自分のサイト上での主張そのものがアクが強かったこともあり、掲示板誰も書き込むことがなくなり、ただアクセスカウンタの数字だけは増え続けるという状況も嫌になった。

当時の失敗を省みた時、blogで自分の思うことを徒然なく書くこと、その内容に反応があった場合のリンクの広がり方は、掲示板での書き込みが増えていく状況とは全く性質が違うのだということを感じた。このことで、ある種よい意味での緊張感を以って書く必要があること、そしてtrackbackやcommentの反応があった場合もそれを熟読し、誠実に対応することの大切さを改めて学ばせて頂いたと思う。blogのtrackbackの有効性、その怖さ、匿名での掲示板への罵倒書き込み合戦とは違うレベルの「よい意味での緊張感の大切さ」を教えてくださったkeigoさんには最大の敬意を込めて心から感謝申し上げたい。

これは皮肉でもなく、keigoさんやその他のたくさん誕生しているblogサイトオーナーへの媚びでもない。
心底そう思うのである。サイト開設当初にはじめてメールで感想が届いた時の感動以上の何なのかわからないのだが嬉しさ、感動があるのだが、伝わるだろうか?

と書いてると、第三者が「なあんだ、結局自分のblog内の記事を正当化したい、あるいは自分への矛先をぼかしたいだけやんけ、そんなの保身やん」と想像されることがあってもそれも甘んじて受け入れよう。私は気が小さいのです。。

Comments:2

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GK68 2003年12月 8日 00:39

 トラックバックを頂いた上で、とても興味深いエントリーだったんで、エディタにおとした上で、しっかりとお返事を書こうと思ってたのですが、どうもなかなか自分の思いを伝えきれることができないので、簡単に(すみません(^_^;))。
 海外では、ネットでの論議は、自分を知ってもらうための手段として、積極的に活用されると聞くのですが、日本では、自分の本音を含めて、論議する文化がまだ発達してないように思えます(少し偉そうですね(汗汗)。
 しかし、ひどいときには「トイレの落書き」ともいわれたBBSも、Blogにいたっては、自分の意見を言える手段として定着できるのではないかと思っています。
 少なくても、Matsuokaさんをはじめ、多くの人たちが、試行錯誤してきた結果として、日本でも、ネット文化が、真の文化として成熟してきているような気がします。
 僕としては、keigoさんからのトラックバックも、Matsuokaさんからのトラックバックも、とてもうれしかったし、いろんな意見を交換できる場として、ネットやBlogという手段があったればこそと思い、とてもうれしい限りでいます。
 なんか、まとまりがないのですが、お返事がいただければ、幸いです。

matsuoka 2003年12月 9日 12:25

コメント有難うございます。
私が書いてきたアトピーに関するHTMLデータそのもの、過去に自分の掲示板に私が書きこんだ内容そのものも、1999年7月以降の日記そのものも、今読み返してみれば殆どが「トイレの落書き」に過ぎません。国内の日記サイト、匿名掲示板でしか読めないレアな情報、blogでのサイト間の繋がり方それぞれに一長一短あると思います。blog文化云々は私には言及できる知見や表現力はないですが、今使ってて感じることは、コメントとトラックバックの使い分けが少し難しいかなと感じています。

(0)何がしかの最新の技術を産み、実用化する人
(1)最新の技術を追っかける人
(2)最新の技術を伝える人
(3)その技術を使うことで自分の生活にどのようなメリットをもたらすか、リスクは何かを想像し体験を得ようとする人、
(4)その体験をもとに自分(或いは身近な周囲で同じ話題に利害がある人)にとって有効な使い方を更に模索する人、
(5)それを伝え、広げる人

上記(0)から(5)のうち、私はどう頑張っても(0)(1)(2)にはなれません。おこがましいですが(3)と(4)を試行錯誤しているのが今の自分なのかなと思っています。(5)は自分だけでは絶対無理と感じています。しかし、この(5)が大切だと感じています。また、その期待効果として何をゴールにしているのかも人により色々なのかなと思います。

「blogの活用モデルの普及」としてとらえるのか?
「アトピーの話題を一般の人にも広げる」ことにblog活用メリットを最大化するのか?
「個人、社会的弱者、マイノリティ」の声を、醜悪な一部の報道や巨悪に捻じ曲げられた情報操作から守り、社会に自浄作用を促すのか?
「自由とは何なのか」を自力で追求するのか?

いままで沈黙していた人が自分の考えや自分を知ってもらうのに、技術的にも文化的にも敷居が高かった(今でもまだ高い)状態が、少しずつ変わってきているのかなと感じています。ツールとその利用者の文化が変えている過渡期に我々は生きていて、その実験を繰り返しているのかもしれません。とはいえ、回線、利用端末そのものが世界中に行き渡ることと、お手軽に利用できる環境が整うまでまだまだ時間がかかるのでしょうか?ツールがどのように発展を遂げようが、それを使う人を惹きつける魅力を伴ったものでないと使われないし、また、その魅力というものが、技術に明るい開発者やエンジニアの方にとっての魅力と、我々技術者ではない一般利用者にとっての魅力にもまだまだ差があると感じています。難しいことはわかりませんが、

http://asobi.info/pshige/mt/archives/000191.html
『「Blogはキャズムを超えられるか」って?』というエントリ等はもっと分かりやすく言ってくれているような気がします。


利害が対立する者、敵対する者の間での闘争や交渉というのはレベルの差こそあれ、生まれてから死ぬまでの間に嫌でも存在し、その現実を直視し、「何が正しいのか」ではなく「どうなれば自分は嬉しいのか?」ということを起点に如何に自分が行動するのか、周囲にそれはどのように影響し、またそれはどのように自分に跳ね返ってくるのか?を自問自答しているのかもしれません。常に目を背けて黙って生きるもよし、共通点を見出し共に生きる道を模索するもよし、自分が生き残ることを最優先するもよしですが、「共通点を見出し共に生きる道を模索する」と、結果として「敵も生きてるけど自分も生き残れた」になっちゃうのかなとも感じつつあります。この過程でケンカと見るのか「建設的過程」と見据えて自分の行動を決める決断を常に行なうのかが今後大切になるでしょうね。ダーウィンの進化論で「強い種が生き残ったのではない。環境変化に対応できた種が生き残ったのだ。」ということが書かれてたと思いますが、これは、個人にも当てはまるのかなと思います。

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