- 2003年12月17日 23:03
- アトピー
今日はライト兄弟がエンジン付きの飛行機で初飛行に成功して丁度100周年のようだ。googleのロゴは日付にちなんで時々変わるが、、フライヤーのイラストが表示されていた。

小学生の頃、学研のひみつシリーズ「飛行機・ロケットのひみつ」でライト兄弟のことが書かれていたが、その前に、ドイツだっただろうか?記憶が定かではないが、オットー=リリエンタールがグライダーによる斜面の滑空に成功しており、何度かの改良を経て、事故で死亡し、そのニュースを聞きつけたところからライト兄弟のパートが始まっていたような気がする。もっと遡れば熱気球ではモンゴルフィエが焚き火で紙が宙に浮くことから気球の発明を閃いたりしているし、レオナルド=ダ=ヴィンチも人力飛行機(多分羽ばたくタイプ)やヘリコプターの原案をスケッチしてたり、もっと遡ればギリシア神話でイカロスが鳥の羽のような翼で飛んだ伝説などのことが書かれてて、当時わくわくしながら読んだのを思い出した。日本人の飛行機の発明に関しては、浮田幸吉や二宮忠八などがWebで調べると引っかかってくる。いい時代になったものだと思う。ライト兄弟がエンジンを自作し、機体に搭載したことは、今日の人類の生活そのものを大きく変えたことになるが、私はそれよりも、オットー=リリエンタールの観察眼に興味がわいた。確か、丘陵か野原で仰向けに寝転びながら鷹か鷲か鳶のような鳥が飛んでいる姿を見ながら、兄弟か友人に
「飛んでいる鳥はいつも羽ばたいている訳ではいないんだ。」
と言っている場面があった。ダヴィンチのスケッチにしても、人力で翼を羽ばたかせたり、らせん状のプロペラをやはり人力で回したりするようなものであったが、そうではなくリリエンタールのこの台詞に幼いながらも感動したことを覚えている。
自転車のペダルでこぐ力をプロペラの回転に利用するのは別として人類の胸の筋肉、腕の筋肉の筋力では羽ばたいて自分の体重を浮き上がらせられないことは今では当たり前なんだが、リリエンタールは羽ばたかずにうまく風を利用すること、揚力を最大限利用することにポイントを絞ったことで、別の糸口を見つけたことになるが、その発想の転換そのものにとても感銘を受けた。その後、コロンブスの卵という言葉もやはり「当たり前やんけ。そんなんは含まん!」と思いたくなることを敢えて言葉に出したり実行したりする素直さとしては同じようなことを示唆しているのかなと思うことがあるが、シンプルかつ誰もが見落としがちなことにはとても重要なヒントが隠されてたり、それ自体が答えだったりすることってよくあるんだなと思う。童話の「青い鳥」もそうだったし、諺にも「灯台元暗し」というのがあるが、こういうのも似たようなことかも。人類が空を飛ぶという夢を追いかけて、何百年、何千年と経ってその恩恵を現在の人が受けている訳だが、それまでの事故や犠牲、技術の軍事利用など陰の部分も存在する。
ここから強引にアトピー関連の話題に結び付けるが、私がステロイドの使用そのものをやめる決意をしたときも、実はそのような発想に似たような感覚があった。アトピーになって、「この治療はどうやろ」「この病院にいってみよ」と、いろいろ情報を漁り、一喜一憂しながらあーでもないこーでもないとただ時間だけが過ぎ、結局ステロイドの使用をやめるという結論に至るまでに12年を要した。そして、現在の状態になるまでに8年半。合計20年。ステロイドがアトピーの治療の標準として採用され、その濫用やコントロール不能に陥った状態、代替でのプロトピックの登場など、その技術、コントロール方法そのものは今後どこまで成熟していくのだろうか?我々の現状が歴史の中では闇に葬り去られた犠牲者で終わらせたくはない。私も恥ずかしながら過去のコンテンツや日記、掲示板で
ステロイドを使う医師そのものを責めること
国にその責を負わせること
に目を向け、その経済的保障を暗に求めていたわけだが、今は少し考え方を変えつつある。ステロイドをやめれば治るとも限らないし、ステロイドを使ってても治るものでもない。また、単なるアトピーそのものを皮膚科は
「我々は治せません。これは我々の科の臨床医が単独で取り組む病気ではありません。でも副作用がなく、あなたの症状をなんとかコントロールできればいいですが」
という姿勢、変化がほしいと感じている。(インフォームドコンセントは当然としてである)。また、我々が生きている間に特効薬が出現しなくとも何とか自力で凌ぐ術は経験的に会得できている。患者側もそれなりの自己責任の覚悟と自覚が必要ではあるが、脱ステロイドか否かというイデオロギー論争に明け暮れるのではなく双方の情報の刷り合わせが今後もっと必要になってくるであろう。(心情的にはまだわだかまりはあるのはあるのだが、医師対患者、患者対患者、一般人対患者のいがみ合いと憎しみの連鎖には疲れたのもあるし、それだけでは駄目だなと最近とみに感じる。)上記飛行機の発明など、人類に恩恵を齎したことにも、当時の技術者と一般人の間での間でのギャップはあっただろう。内燃機関が発明されて、蒸気機関車の普及前夜、それ以降の産業革命後のラッダイト運動(機械打ち壊し運動)のようなことは、現在の我々が見れば、「なんでそんなあほな運動を」と嘲笑する場面があるが、現在のネット事情にも同じようなことは既に起きている。インターネットの有用性をとるか、暗部を強調するかは、利用している者とそうでない者との間でのギャップがある。ネットがらみの事件で、「ネット=悪」とか「ネットは怖い」と読者に伝えんとする悪意に満ちた醜悪な新聞記事やテレビのニュースなど、その最たるものだろう。
新しいものが出てきたとき、時に人は自分が見たことのないものの存在を排除したがるが、その新しいものの可能性に期待を持つか、それが自分の職業的存在価値そのものをなくすものであれば必死に抵抗するのも人だ。これと同じく自分の中にも2人の自分がいる。
(1)ネットを利用し、その便利さ、Webの向こうの人や社会との関りを持てるというメリットに期待する自分と、ステロイドを使わない自分。つまり、IT関係の利用に関しては肯定的であるし、新しい技術そのものには興味を持つ自分 (2)ステロイドの使用やプロトピックの普及に関しては「待った」をかけるアトピー患者としての自分。その二人の自分の中での葛藤がずっと自分の内面を支配しているという状況である。
医療関係者からみれば、医学の進歩、医療技術の進歩は人類に恩恵を齎すし、そのための自己研鑚が必要なのは言うまでもないが、上記(2)の自分のような存在そのものが医学の進歩の足かせだという論法で片付けたい人もいるかもしれないが、それは違う。
なぜなら、ステロイドを使わない代替医療(保険が効くというのが大前提の代替医療)そのものに挑戦する医師の足を引っ張ることで、ステロイドを処方することでの保険点数で医療報酬を受け取るという旧来の「おいしい」枠組みの中に篭り、自身の利益そのものを必死に守っているにすぎないのが現実の皮膚科の開業医の姿である。この構図を医療側はまず改めていく必要があろう。要は医療側にも同じく「ラッダイト運動的開業医」が大半を占めているのだ。
その旧来のピラミッド構造から、現在の皮膚科の開業医がどの系統(学閥、指導教授は誰かなど)に属するかをマッピングしていけば、患者の選択肢としてももっと客観性が出てきて選択の幅が広がるということに、アトピー患者がネットを活用する価値、可能性を見出しつつある状況にある。こういった情報化っていうのは、一介の開業医なんかいとも簡単に吹っ飛んでしまう可能性があるが、それに気付いているアトピー患者個人のサイトが増え、その情報化にネット技術をうまく利用すること、そしてアトピーではない一般の人の認識そのものも変える必要があるし、「良識のある医師」の存続、「不適切な医療」の淘汰を加速させねばならないと考える。
先日、当サイトの概略を説明している「about this site」に以下の補足を加えたが、ここにもそれを転記しておこう。
補足:
下の「個人年表」を読んでいただければ大まかな症状の経過はわかると思いますが、年齢別に、ステロイドを使っていたときのグラフを作ってみました。グラフ1は、ステロイド使用量、強さの年齢別推移と実際にそれが効いていたと感じていたかの度合いです。横軸が年齢、縦軸が度合いです。数値化してはいますが、絶対的な基準ではないことはあらかじめご了承ください。あくまでこう感じているという目安です。薬は強くなっていくのにその効き目を加齢とともに感じなくなっている曲線になっていると思います。自分の記憶と主観ですが、医療関係者の人と患者が感じている満足度のギャップもこういった感じで開いていると思います。
次に、下のグラフは、横軸は年齢、縦軸の項目は、自分にとってのネガティブ項目のうち代表的なものを同じく自分の記憶と主観に基づいてグラフ化してみました。自分の状況も含んでですが、ステロイドの是非に関する医者対患者の不毛な議論、患者同士での不幸自慢大会、自分の採用した治療方法以外を認めない閉鎖的状況、一般人からみたら明らかに狂っていると感じるような患者の精神状態、暴言、奇行など、患者を取り巻く医師、家族、社会全体に伝えねばならないことはたくさんあります。ニワトリとタマゴかもしれませんが、一般人のアトピー患者に対する誤解、医師のアトピー患者に対する誤解、アトピー患者の閉鎖的状況を少しでも改善できることは何なのかをこれからも考えていきたいと思います。QOL(Quality of Life)というものを総合的に捉えたとき、上記(グラフ1)だけで議論すること(正直私もしてきた)だけでなく、(グラフ2)の要素も含めて患者の治療方針の選択、決断がしやすくなってほしいなと思っています。
我々患者は国や医師に責任を求める時間と労力を割いてもさほどよい結果は得られない。(だからといって、過去のステロイド薬害訴訟そのものが無駄という訳でもないが。)たとえ個々の薬禍や薬害の保障がされることがあったとしても、他の多くの患者が全て報われるわけでもない。臨床現場の皮膚科の医師の現在の治療方針、ガイドラインにも限界がある。どこかに天才が現れて、アトピーそのものの治療方法を確立できるまでは、原因、絶対治る治療法そのものがない中で、我々があーでもないこーでもないと言っててもそれは医師にも患者にもただただ幻想にすぎず、その中での妥協点を模索しているに過ぎない。まだアトピー患者のライト兄弟は現れていない。そんな時代に生きて、何かを残せればよいが、私にはそんな才能もない。後世の人が助かっても今生きている自分には何の得もないのが正直悔しくもあるが、人間いつか死ぬ。
今よりもっと高性能で便利なPCにお目にかかりたいGeekな人も、やはりそれを見ず、触れずに死ぬのと同じだと思えば、大して悔しがることもないのかもしれない。優れた研究者やビジネスマンであれば、100年後、1000年後のビジョンを描くことができるかもしれないが、私には絶対無理。それなりに楽しく生きられればよしと考えている。
でも、こう書いたからといって、私はステロイドを使うかといえば、生命維持に危機が及ばない限りやはり使わないだろう。
正直なところあまりにも悪意に満ちた粘着質なコメントを削除せず耐え続けられるほどマゾヒストでも広い心を持っている訳でもない。自宅サーバごと消し去るのもよしだが、安易に挑発に屈したと喜ばせることもあるまい。まあ、そのときは、了承無しにばっさりやればよい。
とりあえず傍観とするが、私個人の意見としては、土佐清水病院に関して問題と感じていることは、
ステロイド使うんなら普通の皮膚科に行くのとおんなじ。なら保険が効かないことを色々理由を並べ立てて正当化してることは誰が見ても常識はずれ。
ということ。個人がこう感じることになぜこう噛み付くのかが理解できないというか常軌を逸している。少なくとも「ステロイドは薬」ということは知ってるんだけどな。(皮膚科が適切に処方できてたかどうかは別の話。)困ったもんだ。参考までに、古いデータだがこの件の過去データにリンクしておく。「土佐清水病院に関する資料」。そこに元ハンセン病患者の宿泊を拒否したあとのアイレディース化粧品の顛末と同質の異常性、カルト性、狂信性がある。ここを読んでる良識ある一般の人へのメッセージとしては、「嘘も100回言えば本当になるという」その根の深さを知っておいてほしい。これは治療法云々よりも深刻な問題でもあるのだ。
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