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それはちっぽけな喜びかもしれないが

今日大阪に戻る予定だが、寝正月でジーンズが入らなくなったらどうしようと考えながら布団に入ってうつぶせでこのエントリを書いている。
昨年の正月も同じようなことを書いているのだが、実家の布団で寝ても、起きたときにカサブタやフケが散乱していた9年前の闘病当時が嘘のような快適な状態で眠れた。敷毛布、掛け毛布で肌がちくちくすることもない。これだけのことに嬉しさを感じられるということは果たして重要なのか?ということを疑問に思われる方もいるかもしれないが、これってとても重要。
例えば、友人知人の家に泊めてもらったとしよう。以前なら、自分の部屋以外のところで眠るということそのものが怖かった。尋常ではない量のカサブタやフケが泊めてもらった部屋の布団や床に飛び、その家主(の配偶者や家族)に迷惑をかけたくないという抑圧感があり、熟睡もできなかった。これが実家であっても同じだ。その怖さがゼロになったことはとても気が楽なのだ。(個人旅行などの宿泊施設などの場合は、自分の金で自分の部屋を使う意味ではその気遣いの必要がないことは別。)
おふろ上がりの痒みと乾燥による全身のひび割れの激痛がこの寒い時期にも関わらずないことも同じく嬉しいことなのだが、これらのちっぽけでささやかな快適さを獲得するために自分が捨ててきたこと、捨てざるを得なかったものもいっぱいある。帳尻はきっちり合わないと気持ちのよいものではない。等価交換というものが法則なのかはわからないが、ここまでくるまでのコストは自分の今後の自分の人生における満足感、充足感などのプラス要素としてこれからもきっちり利息つきで回収していきたいと思う。私にとっての利息が何に該当するのかはまだわからないが。

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lee 2004年1月27日 22:37

数年ぶりに訪問しました。当時は脱ステロイド初期でした。入院せざるを得ない重症、漢方治療で嘘の様に全快、原因不明の悪化、通院では症状は改善できない、また入院、を繰り返し、はや4年。
それまで、これだけ皮膚状態が悪くても、
不思議と感染症にはならなかったのに、
昨年末から発症、どうじに精神も蝕まれ始め、生命体としての危機を感じ、
ステロイドの被害は身をもって知っていますが、
「極細の人生を苦痛と共に長く生きるか」、「短くてもいいから人生を苦痛なく謳歌するか」との選択で、
後者を選びました。というか、選ぶ決断ができた、というべきか。。。
治療の善悪は、私にはわかりません。
ただ、この記事にある、些細な幸せが、
どんなに嬉しく、無上の幸せと感じることか、
という事は、今の私には理解できます。
肌の色が悪くても、ケロイドの痕が無数に残っていようとも、苦痛がないすばらしさに比べればなんと小さな不幸せか。
私は”脱ステ”に4年で挫折しましたが、後悔はありません。人生がこんなに楽しいものだと思えただけで幸せですから。
・・・ということを、この記事を読んで書きたくなりました。

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