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ふたたび「泣くな、復讐しろ」と出会う。

5日の会社帰りから、体の異変に気づいていたのだが、いつもの帰宅時と比較して、全身から何か力が抜けるような感じ(力が入らないともいう)とふらふらする感じで自宅に着いても疲労が取れず、翌日からも同じであった。12月は半ばまで咳が止まらなかったが、今回は咳は出ないがどうも体調が思わしくなく、6日から9日まで休んでしまった。医者で診て貰ったら単なる風邪だったのだが、寒さが強くなると一気に弱るというか、風邪を引きやすく、また一日で治りにくくなってるのも若いときとは違うが、暖かくしてぐっすり眠った。幸い回復して夕方には散歩できるようになったので、本屋に向かった。当サイトで「宿泊拒否問題のその後」のエントリ後半で大平光代さんの書籍「だから、あなたも生きぬいて」を読もうと思うと書いていたことだし、この週末で読めるかわからないが読んでおこうと思い購入。結局帰宅後の3時間で一気に読んでしまった。おかげで金曜ロードショー「アルマゲドン」を観れなかった。著者のバックグラウンドが地元の関西であり、文中の話し言葉も普段我々が使ってる関西弁であること、実際に口に出されてる大平さんの台詞、家族や友人の台詞と当時の大平さんが心の中で呟いていた台詞で表記を「」と<>で分けて書かれていて読み進めやすかったのも幸いしてか、短い時間で読み終えることができた。人間には人数分のそれぞれのバックグラウンドがあるが、この著者とは違うバックグラウンドで生きてきた自分の35年を振り返りながら、何か学び取れることはあるだろうかという思いで読み進めていった。私の読解力、洞察力はさほど優れたものではない。私が十代の時に読んでいれば違ってたかもしれないが、涙は一滴たりとも出てくることはなかった。それだけ今現在には絶望感がないのかもしれない。(だからといって当時の屈辱、絶望感を忘れたことはないし、今後もそうなのだが。)しかし以外と共通項はあった。若いときの絶望感や理不尽な状況で直面することだが、大平さんの場合は「いじめ」が端を発している。私の場合は「アトピー」という病気になってしまった当時の絶望感、ステロイドを切る決意をした時の医師や社会への復讐心など。驚いたのは、第五章の転機の最後のほう。大平さんと養父、大平浩三郎さんの会話の部分での大平浩三郎さんの言葉。以下引用。


「だったら、復讐をしたらええやんか、でもその方法を誤ったらあかん。もし相手に危害を加えたり、陥れたりする方法で復讐したら、傷つけてしまった相手は二度と元に戻れへんし、自分自身にも跳ね返ってくる。それよりも、最大の復讐は、自分が立ち直ることや。そして、なにか資格を身につけなさい。例えば、もし憎い相手が簿記の三級の資格を持っているなら自分は二級を取りなさい。相手が二級なら自分は一級。そうすると相手を追い越したことになって気持ちもすっとするやろうし、自分のためにもなる。これも立派な復讐とちがうか」

私は当サイトで自己紹介「about this site」に好きな言葉として

「Don't cry. just revenge. The best revenge is to live well.」(泣くな、復讐しろ。最高の復讐は幸せに生きることだ)」

というアイルランドの諺を入れている。95年のサイト開設当初の古いHTMLの文中にもこの言葉はさりげなく入れていたが、今回読んだ本にも言い回しの違いこそあれ、またもや同様の言葉が出てきたのは正直驚いた。私の場合、最初にこの言葉が好きになったのは、落合信彦の著書を読んでいた学生時代まで遡る。「狼たちへの伝言」だっただろうか?これも確か3まであったはずだが押入れの中の本棚をひっくり返してまた読んでみよう。

私自身、大平さんほど自分の能力を最大限まで使って生きぬけてはいないが、大平さんの言葉を借りるならば「同じにおい」というものを勝手ながら嫌でも感じてしまう。でも、また、当サイトにたどり着いてしまった(小中学生はいないと思うが)アトピーで学校でいじめにあっている人にも一読をお勧めします。親が強制的に子供に読ませても意味はないような気がするが、せめていつでも手に取れるようにさりげなく子供部屋の本棚においてあげておくのはいいかもしれない。勉強はいつでもできる。また、一生勉強は必要。これは健康な人でも病気の人でも同じ。また、そうしたいとかこうなりたいと自分が求めることができる環境というのは、自分で掴み取るものだというのを再認識できる。

image_godfather同じく正月に三夜連続でみたゴッドファーザー。ドン・コルレオーネの三代記だが、三作とも二代目のアル・パティーノが演じるマイケルの視点に立って観ると、シシリー系マフィアのドンという呪われた家系に生まれた自分、ファミリーを守るため、ファミリーを合法組織にするためにあらゆる努力(敵対勢力との抗争だけでなく、身内も殺めねばならなかったことも含むところが悲しいが現実を突いているかも)をする自分の苦悩が見て取れる。シシリー系やコルシカ系のマフィア社会というものが形作られる過程、歴史的背景そのものに私は興味はないが、結局三作を通してファミリーは存続こそすれついに合法組織にはならず社会の中枢に組み込まれていく様、ドンという立場そのものの重圧、ファミリーを守るための血なまぐさい抗争などが描かれていている。マイヤー・ランスキーという実在のユダヤ系のマフィアのボスは、そのビジネスセンスで激動の時代を生き抜き、生涯を通して一度も投獄されていないが、ランスキーの生涯も同じようなものだったのだろうか?と想像したり。

よく映画評などでは、ファミリーを守る人間愛、家族愛について云々が語られていたりする作品ではあるが、全体を通したストーリーには後味の悪さが付きまとう。特にこの映画の中で出てくる街の中のマフィアではない名もなき人々の「見ざる」「言わざる」「聞かざる」的な弱さ、醜さだ。そうでなければ生きていけない社会の厳しさ、マフィアとの癒着を抜けられない上流社会の大物を懐柔しつつ、肥大し続けるマフィア社会の陰湿さ(特に殺しのシーンはどの場面でも日常の何気ない描写の中からスマートに行われる。周到に準備され、失敗なく行われる前後に関わる、または関わらざるを得ない貧しく弱い一般人。)彼らの沈黙に嫌悪感を感じながらも、自分の生きる現代もおんなじだと感じる。人類の歴史が始まって以来ずっと繰り返されていることで、それはなくなることはないだろう。この映画を観たときに、善悪の差こそあれ、人間一人一人は本質的には同じような心情的醜さ、陰湿さと良心のせめぎあいや重圧、周囲の悪意と一生背中合わせなのだと感じた。

それを時にはやり過ごし、時には真っ向勝負できるように如何に生きぬくかということを年頭から考えさせられている。

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