- 2004年8月31日 15:41
- アトピー
アトピー患者本人が自分の親や世間の親御さんに対して感じること(あくまで私の場合ではあるが)を少し書いておきたい。このエントリを書こうと思ったきっかけは、
彼女達が、自らの病気を自らで管理するようになった時、私たち親はどんな立場になるんだろう。どんな気持ちで彼女たちと接するのだろう…。将来の社会生活において少なからずリスクを負う事になると思うのですが、案外本人たちは親が考えてるよりも平然と受け止めてケロっとやっていくのかもしれませんけどね。
を拝読したことから、アトピー患者本人がどう感じているかも書いておきたいなと感じた。(必ずしもすべての方がそうではないのであるが。。。)
私は親にはなってはいないが、自分の中では「自分の親への嫌悪感」は今でも消えている訳ではない。「私を皮膚科に連れて行ったことは許さない。」「こんな体になる家庭に生まれたくはなかった」など、親御さんから見れば理不尽かつ一番言われたくないであろうことを20代の後半まで正直何度も親に言ったものだ。(通常の健康なお子さんが通る反抗期よりは一筋縄ではいかない事態に直面する可能性はゼロではないでしょう。ひょっとしたらアトピーのお子さんを持つ親御さんの中にもこのような事態に出くわす機会が今後あるのかもしれません。)
「これがあなたのお子さんが将来直面するであろう現実の姿ですよ」とは言えないし、ひょっとしたらがっかりされるかもしれない。お子さんが現在幼少期、思春期、二十代なのかなどの年齢層、既婚か未婚か、学生か社会人か、果てはその個人の性格や立場により感じ方は違うであろうし、私のケースは全く参考にはならないかもしれないが。。。。
今は実家に帰ったときにそれを露骨に口に出すことはしないようにはしている。しかし、それは「そろそろ年だしなあ」という親に配慮するためというよりも、「自分が消耗するのを回避するため」という理由からである。もし口に出そうものなら、決まって
「だいぶようなったんやからそんな話もうええやん。」
というのがウチの実家の両親である。おそらく一般の方の感覚も「たかがアトピーくらいで」と感じられている方のほうが多いかもしれない。
現状の安堵感が延々続くものなのだと思い込んでいる、或いは続いてほしいという希望的観測、願望の裏返しなのか、もうそんな過去を蒸し返さないでくれと私に言いたいのかは私にはわからないが、親にこの台詞を言わせてしまうと、そこから先は延々の口論が勃発する。そう、起爆装置のようなものだ。少々自分本位で乱暴ではあるのだが、こうなる前に最近は以下のことを10秒くらい考えるようにして、如何にその起爆装置に指が触れないように持っていくか?を考えるようにしている。
映画、「バックトゥザフューチャー」で、「Chicken(チキン:腰抜けのスラング)」とマーティ扮するマイケル・J・フォックスがからかわれた時にそれを制御できずに挑発に乗ってしまうシーンがあったと思うが、あの時の状況を避けるのに近いものがあるのかもしれない。
- 今は良くてもいつ体調が悪くなるかはわからない。
- 延々この病気と向き合うのは私本人であるという現実は何も変わらない。
- 代われるものなら代わってやりたい。という気持ちはありがたく受け止めておこう。(昔はこの言葉を聞いただけで、「そんなこと口にするんは誰でもできるんや。できもせんことを軽はずみに言うな。」と、くってかかったものです。)
- しかし、親にこの苦痛を肩代わりさせるのは無理。(仮に肩代わりさせることができたところで自分が楽になるわけではない。)
- 親とは自分という固体とは違い、他人の始まりである。
- 順当にいけば親は先に死ぬ。それまでは好きに言わせておけばよい。(それを聞かなければよい。あるいはその機会を少なくすれば良い。)
- その後も嫌でも自分で生き抜かねばならない。それだけだ。
親にならねば親の苦労はわからない。確かに真実であろうし、人類が誕生してからそれはずっとそうなのであろう。我々患者は親になるならないに関わらず、患者であることで背負う苦労も同じく存在するが、それと親が抱える苦労を比較することには何の意味もないのではあるが。。。。複雑な気持ちである。
「許してやる。但し忘れない。」というあたりで自分自身には折り合いをつけているような感じだ。
(親が悪い訳ではなく、誰が悪いと断言できるものではなく、アトピーという不快な病態、そこから派生する精神的な苦痛、説明しきれない周囲のプレッシャーそのものが忌むべき状況なのではあるが。。。。。。。)これが正しいのかはわからない。むしろ常識的見解では正しくないのだろう。
日常の生活シーンでもこれに出くわさずに生きていくのは難しい。真正面から「おまえは間違っている」と言われたら、人間誰もがそれには反発するか、関わりを持ちたくなくなるものではあるが、そのような気持ちが延々燻っているのを爆発させずに自分自身を如何にコントロールするのか?というのも難しいものである。特に患者どうしでもそうならないようにしたいものではあるが、気づかないところで自分もそれをやってしまって迷惑をかけてしまっていることもある。
私の場合は大人になりきれていない駄々っ子のまま36歳になってしまい、今でも私の心の中にもまだまだ病んだ部分が多くを支配しているんだろうなと思う今日この頃である。こんな思いは我々の世代で終わらせたい。それも生きているうちに。(生き急ぎすぎ、関西弁でいうところの「いらち」標準語では「せっかち」かもしれないが。。。。)
多くのアトピッ子には私のようなひねくれた不良中年にならないように少しでも心優しく穏やかに健やかに育って欲しいものだ。
[2004/9/1追記]
当エントリにコメントを頂いたのもありますし、せっかくなので親御さんの立場として切実なる状況がわかるエントリを下記に2つご紹介。こちらもぜひ一般の方にはお読み頂きたい。
私は下記リンク先で紹介されているエントリが書かれる発端になったであろう毎日新聞の記事を読んだ時に、私の場合は「手放しにはその通りだとは思いたくない。」という思いが先走るのが正直なところなのです。この感覚は、おそらく一般の親御さんや「大人」の方々には理解いただけないところなのだと感じてはいますが、そんな悪魔のような私でも、下記blogでかかれている方のお気持ちは分からないわけではありません。
ぜひお読み頂き、一般の方もアトピーとは何者なのかということに思いをはせて頂きたい。
アトピー以外の方に知っていただきたいですし、アトピー患者やそのご家族の方々にも理解していただきたい。 軽い症状のアトピッ子もその親にすれば最大限の悩み! 重症のアトピッ子の親もその親にすれば最大限の悩み! それを物理的に比べても意味がないと思いませんか? アトピーだけでも十分悩んで辛い思いをしていますので、それ以外の心情にかかわる部分は皆でいたわり合いましょうよ。
とかく、アトピー児の母は、神経質だとか、そのせいで子供が治らないんだとか、 根拠のないひどいことを言われるものです。 (中には、医者までが言ったりもするようです。)でもだったら、母が大らかだったら治るのか?
楽天的に、ポジティブに、笑って暮らしていればアトピー自らメキメキと治っていくのか?
と言えば、そんなことはまずないでしょうね。
たしかに、上記のことはアトピー児にとって、良い影響をもたらすので心がけたいものですが。大体、健康な子を育てるのだって、ほんと大変なことですよね。
熱が出た、怪我をした、言葉が遅い、食が細い・・などなど、心配するでしょ?
そんな心配が、慢性疾患(アトピー)というだけで、毎日、24時間続くわけですよ。
それに、アトピーって風邪なんかはと違って、薬を飲んで寝ていればなんとかなる病気ではないんです。
ましてや、原因も症状もひとりひとり違うときたら、ほんと毎日試行錯誤・一喜一憂の繰り返し。
そりゃ、神経質にもなるってもんです。それなのに、わかった顔して、批判的な人が多いのでほんと困ります。
「わかった顔して」いる人間に私が含まれていないことを祈りつつ(含まれていても仕方ないが。。。)、これにはお返しする言葉は見つかりません。全くその通りだからです。これとは逆に、 uzaone日記:疲れるを見たときは絶句というか、ほんと落ち込みました。さすがにここにはトラックバックは怖くて送信できなかったです。
ともあれこのように過度に干渉なく関連記事が繋がっていくのはblogの醍醐味であると思います。それと、表層的ではあるのですが、現状は両親に対しては普通にふるまうようにできるようにはなっています。仮面仲良し親子という感じだろうな。