- 2004年12月 4日 17:15
- アトピー
先日書いたアトピーを苦にした無理心中というエントリにトラックバックを頂いた。私も同じく複雑な思いがうろうろしている。
しかしわざわざこの事件をニュースとして取り上げる意味ってなんなんだろう。社会的にはただの心中と変わらないと思うんだけど。年間自殺者が3万人を超えるこの日本で。
やっぱりアトピーが軽く視られているから「こんなことで」ってニュースになるのかな。それともアトピー患者のためのニュースなのかな。あるいは世間に対して「アトピーって心中するほど大変だから周囲のみんなもケアしてあげてね」ってことなのかな。
身近な人にアトピーの人がいるかとか、家族にいるのか、もしくは本人がアトピーなのかそうでないか等でも、このニュースに関してのとらえ方は色々あるだろうなと思う。
次の段階としては、「身近な家族にも24時間365日の肉体的、精神的負担が伴うこと」で、親が抱え込む問題にはどんなことがあるのか?また、それをゼロにするか軽減できることは何なのか?を一般の皆さんもいっしょに考えていただけませんか?という伝え方も必要そうだ。(介護の共倒れ問題に近いのかもしれない。)申し訳ないが、この視点は今まで私にはまったくなかった。
現在子育てに奮闘されているお父さん、お母さんの人は私の年齢36プラスマイナス10歳前後の「ほぼ」同世代の人々(自分の年齢から相対的に見てという意味で)といえる。私は結婚もしていなければ、親にもなってはいないが、それらのお父さんお母さん世代の人に、「しんどいのはしんどいのだが、アトピーでもなんとかやっていけてる。正直患者としての自分が死にたくなったこともあるが、総じてやっぱり生きていてよかったと思っている。だからどうか思いとどまってください」と、子供だった頃の記憶、現在の等身大の状況は、我々大人になった患者が伝えることは可能だ。
また、それを示すには、我々患者本人が勉強でも趣味でも何でもよい、何か「ささやかながら幸せである」という楽しみを見つけること、そしてその満足感を得ることが必要だ。(それにはいろんな助けが必要となることもある。)おそらく今後も同様の事件はおきるだろうし、そのニュースは淡々と飛び込んでくるだろう。そのたびに何度も無力感に落ち込むかもしれないが、できれば同様の事件はおきてほしくないものだ。
ユビキタス時代を先取りした「アトピー心中センサー」と、それと「GIS(位置情報システム)が連動した緊急通報システム」、「一時的に子供を安全な場所に瞬間移動させる装置」、「親の子供への殺害を抑止する装置」というものがあればよいが、残念ながらそんなものはまだないし、逆にそんな姿が望ましいのかも疑問だ。
普段から「重症だったときもあるが、何とかやっていってるそうだ。その人たちは生きてて良かったと思っているんなら、私の子供も今は言葉は喋られないが将来はそう振り返るのかな?」という認識はどのようにしたら定着するだろうか?また、その定着には身近な人、知人の共通認識が最も有効なのだろうなあと思っている。
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