- 2006年2月10日 19:13
- その他
銭形警部:「くっそぉ、一足遅かったかぁ! ルパンめ、まんまと盗みおって!」
クラリス:「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。私のために戦ってくださったんです」
銭形警部:「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました」
クラリス:「?」
銭形警部:「・・・あなたの心です」
クラリス:「・・・はい!」
久しぶりにカリオストロの城のDVDを観た。この作品は何度も金曜ロードショーで放送されているが、DVDも買っているのに、録画しながらテレビで放送時間にリアルで見たくなってしまうのは昔から変わっていない。カリオストロの城のラストのとっつあんとクラリスの台詞は自分の中でも特にお気に入りである。このシーンがそろそろ始まるというのがわかっていても、なんかこう嬉しくなってくるシーンである。そして、一旦すべて通しで観たあと、またこのシーンに戻して何度も観てしまうのも同じだ。なぜこのシーンが私を魅了するのかと理屈をこねて考える必要はなく、理屈なしにこのシーンが好きである。いつもの間抜けなとっつあんが、一瞬二枚目の名台詞を喋るので余計に心に残ったのかもしれないが、もし、クラリスの「はい!」とキッパリ言う台詞が後ろに来なかったらこのシーンはここまで私の心に焼き付いていなかったのかもしれない。ほんとはこのクラリスの「はい!」の直後に、一瞬とっつあんがクラリスにウィンクしてからルパンと愉快な仲間達をおっかけて、いつものルパンらしい追いかけっこのエンディングになるが、この時のクラリスのルパンを追っかけたい、あるいはいつかきっとまた会えるかもしれないというある意味、今ではなく将来に希望をもたせるようになっており、第三者が観たストーリーとしてはほほえましく爽やかなのだが、こういうシーンが現実の自分の日々の生活にぴたっとあてはまるものだろうか?
クラリスは「はい!」ときっぱり言い切っているが、これは「銭形さん、そのとおりです。私はルパンのおじさまが大好きです」と言うよりも、その意味合いが強くなる。
果たしてこんなにも肯定的に自身をとらえてくれるようなすばらしい相手にめぐり合えるものなのか?或いは、私はルパンのように彼女の心を盗めるほどその相手を魅了する魅力があるだろうか?と考えると、日常とはそんな美しく爽やかなものでもない。
というか、日常の現実が悪いというのではなく、おそらく自分をまだまだ磨ききれていないのだろうと自省するに至る。世の彼氏彼女がいる先輩カップルの方々には、そんな自分達だけの小さいけど幸せな一瞬を積み重ねてこの境地を満喫できているのだと思うが、私にとってはここまで到達できた方々ってある意味とても凄いと思う。
そして残念ながら私はまだまだルパンにはなれていない。逆に現在自分の心がある女性に盗まれてしまっている状態だ。好きになってしまった人がいて、この人の心の扉にノックし続けている中で、上記のようなことをもやもやと考えては、この1ヶ月ほど「はぁ」というため息が漏れてしまう状態です。私らしからぬ軟弱なエントリと笑われるかもしれませんが、まさに「お医者さまでも、草津の湯でも治らない」不治の病に自分だけかかってしまっているわけです。というか、まだ始まってもいないのですが、ある人生の先輩から
「求めよ、さらば与えられん、尋ねよ、さらば見出さん、叩けよ、さらば開かれん(Ask, and it shall be given you, seek, and you shall find, knock, and it shall be opened unto you.)」とのメッセージを頂きました。
意思のあるところに道は開ける(When there is a will there is a way!)という言い回しがありますが、やはり好きになった人とのコミュニケーションをとれるようにする努力、コミュニケーションを成立しうる相手への思いやり・気遣いが伴った行動ができないと、いくら自分の頭の中でもやもやしてても駄目だよなあと思いながら、クリスチャンではない私にでもこの言葉がずしりと響いてくる今日この頃です。まだまだ男としての内面、行動力を磨く努力が要りますが、私の一方的な片想いながらもここまで好きになれる人が目の前に現れたことはとても幸せであり、また今は同時に切ないです。たった一人の人の心を掴もうと努力することがこんなにも難しく、苦しいものなのかと改めて実感しています。王道はなく、見返りを求めず、ベストを尽くすしかないのは頭では分かってはいるのですが、はぁ、ルパンのようになりたいものです。
また、レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」という作品の中で、探偵マーロウの心に残る名セリフがあります。
「“If I wasn’t hard、 I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle、 I wouldn’t deserve to be alive.” 」この書評がありますが、
『プレイバック』を昭和30年代に初めて翻訳した清水俊二は次のように表現しています。 「しっかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかったら、生きていく資格がない」 原文はこうなっています。 “If I wasn’t hard、 I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle、 I wouldn’t deserve to be alive.” 『プレイバック』ではマーロウが「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなに優しくなれるの?」と女に訊ねられて「わたしは」としてこのようにこたえるのであって、あの名セリフのように「男は」と一般論として表現されているのじゃあない。 だが男の魅力としては「タフ」のほうが「しっかり」よりふさわしいではないか。清水俊二訳よりはるかにインパクトがある。
男はタフでなければ生きていけない。優しくなれなかったら、生きていく資格がない。はだいぶ後の意訳だったようですが、「私があなたを守る」と誰もが認めるほど自分はタフではない。というか努力はできてもやはり限界があるのを自分の弱みとして認識しつつ、意中の女性に対して本当に優しくできているだろうか?と自問自答しては溜息ばっかりの毎日です。私にとってははるかに「高嶺の花」の人を好きになってしまった故に、当面自分自身まだまだ苦しみそうですが、(思春期以降その努力をしていなかった自身への戒めも含め、)どういう結果を迎えようが後悔しないようにしたいと思っています。
冷静になればこんなことblogに書いてもいいのか?とも考えてしまうのですが、先のことはわかりません。ですので赤っ恥覚悟で当エントリを書いています。この時点でかなりアホな自分を客観視してもいるのですが、一生に何度もこういう思いになれる時期はないとも考えられるので、「珍しく松岡が舞い上がっている」とでも笑ってやってください。
| ルパン三世 - カリオストロの城 | |
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