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没後50年 モーリス・ユトリロ展


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[mp3:http://www.atopic-info.com/archives/podcast/rec-20060302-1730.mp3:没後50年 モーリス・ユトリロ展] 20060301-0.jpg難波の高島屋で「没後50年 モーリス・ユトリロ展」が開催されているということで、昨夜会社の帰りに寄ってみた。高校のときは姫路市立美術館が学校と目と鼻の先だったので、ロダン展や中西利雄展など、少ないお小遣いで学校の帰りに足を運んでいた時期もあったが、高校以来約20年ぶりの美術鑑賞となる。白の時代に代表される作品以外も含め、80点が展示されており、これだけの作品の本物を一度に目の前で鑑賞できる機会もそうないだろうと思い、高島屋に向かった。展示会場が7Fのグランドホールということだったが、エレベーターを降りたところに確かにユトリロ展の案内看板が立てかけてあった。しかし、女性の下着売り場の中を突っ切って左に折れなければならず、この通路は男1人では歩きにくい。結局下着売り場の真ん中の通路を歩かず、時計回りの反対にフロアの端っこから迂回してようやくたどり着いた。チケットを受付で渡し、傘を預かってもらってから展示会場の中に入り、約一時間かけてじっくり観賞できた。ユトリロの作品といえば、人物の描写が構図の中では殆どが黒っぽい点や線にしか見えないほどぽつぽつとしか描かれておらず、また、風景においても、自然を描くというよりは、建築+一点透視の遠近感のある構図が多い。中学の時に遠近感があり、建物の質感がリアルだけど優しい白の使い方やなあと思っていた「コタンの袋小路」(こんな絵です。)という作品の展示があるか期待していたのだが、残念ながらこの作品は展示されていなかった。

画家としてのユトリロの略歴

  • 1883年 パリ・モンマルトルに生まれる。
  • 1891年(8歳) ミゲル・ウトリーリョ・モルリウスにより認知され、以後ユトリロの姓を名乗る。
  • 1896年(13歳) パリのロラン中学校に入学。飲酒癖がひどくなる。
  • 1904年(21歳) パリのサン=タンヌ精神病院に入院。退院後、医師の勧めで絵を描くようになる。
  • 1914年(31歳) モンマルトルの建物や風景を重厚なマチエールで描く独自の世界を築き上げ、この頃<白の時代>の絶頂期を迎える。 そして、精神病院への入退院を繰り返す。
  • 1928年(45歳) レジオン・ドヌール勲章シュパリエ賞を授与される。
  • 1935年(52歳) リュシー・ヴァロールと結婚。
  • 1938年(55歳) 母ヴァラドン死去。
  • 1955年(72歳) 南仏ダックスにて死去。モンマルトルに埋葬される。

20060301-1.jpgユトリロの生涯は、調べれば調べるほど辛くなってくる。ロートレックやルノワールのモデルであり、自身も絵筆をとっていた母親シュザンヌ・ヴァラドンは18でユトリロを産んだが、その父親は誰なのかはわからない。昼間は自身のアトリエで絵を描き、夜はモンマルトルでその美貌を武器に浮名を流した奔放な女性であったらしい。一方ユトリロは祖母に預けられ、母親の愛情を受けられず寂しい幼少時代をすごしたようだ。この母方の祖母もまたむちゃくちゃで、偽金の運んだ罪で捕まった鍛冶職人の男(後に無期懲役)との私生児がユトリロの母。この祖父はギニアで獄中死している。ユトリロは15歳で既に重度のアルコール中毒による精神障害。精神病院に入院中に治療の一環で絵を始めたらしい。モンマルトルの人々から「リトリロ」と呼ばれていたそうである。ワインをいつも1リットル単位でがぶ飲みし、その絵の価値に本人も周囲の人間も気づかず、二束三文で売っ払ったカネをお酒にかえ、アルコール中毒になっては精神病院に入院したり刑務所で服役したりとむちゃくちゃな生活であったり、二歳年下の母親の二人目の旦那(つまりユトリロから見ると、お父さんが二歳年下。これだけでもむちゃくちゃ)のマネジメントの元、作品を描かされていたらしい。ジャンヌ・ダルクと実母を慕いながらも、女性に対する極度の嫌悪感を持っていたのかもしれない。ユトリロ自身は母親の友人(ユトリロより12歳年上)と結婚したらしい。今回展示されている作品を見ていて、同じ題材(風景)を何度も別の作品として描いてるなと思っていたのだが、これには理由があった。風景画を描くのだからてっきり、イーゼルとカンバス、絵の具を手に屋外で描いていたか、あるいはスケッチブックに描いてから自宅のアトリエで描いていたのだと思っていたが、実は絵葉書の写真を見ながら何度も描いていたようである。生前にその絵の価値が上がったことだけが唯一の救いか。。。強烈過ぎる家庭環境と、息子を踏み台にした母親の奔放な生き方など、その背後関係などの解説も丁寧に展示会場のパネルでは時系列で解説されていたのだが、自分の好きな作品を描いていた人の一生がどのようなものだったのかを少し知ったあと同じ作品を見て「この名画が生まれるにはこのような犠牲が必要だった」とは素直には思えなかった。

正直なところ、むしろ「たかがユトリロ一人の絵が世の中に存在しなくとも、それよりもユトリロ個人の生涯がもっと平凡なものであったほうがよかったのではないか?」とさえ思うこともある。おそらく、こういうことを考えてると、貴重な人類の遺産の存在にけちをつけるのかと恫喝される可能性もあるが、身近な人間が将来を嘱望されるほどの絵画の才能があり、同時に病んでいた場合、その隣人にどうなってほしいかを考えるに二つの方向性のいずれを推すかに苦しむ。ひとつはその隣人の才能が開花し、生きているうちのにその名声をほしいままにすることを望む。もうひとつは、職業としての芸術家というカタギでない世界よりも、平穏で安定し、健全な人生を歩んでほしい。両方を望み、それを全て手にすることができるのが最も望ましいのだが。。。

確かに「白の時代」と呼ばれる時期の作品の漆喰の壁の色彩には今でも惹かれるのだが、こんな病んだ人生は決して歩みたくはないし、自分が知る親しき大切な人にはそんな思いをしてまで優れた作品と呼ばれるものを世に生み出す必要などない!と思うこともある。(これがその人にとってベストかワーストなのかはわからない。)もし自分が時間と歴史と世界を支配できる存在ならば、迷わずユトリロの祖母の若い時代まで遡ってこの女性が歴史上存在しなかったことにしていたか、どうしてもユトリロが生まれてくる歴史の流れがあったとしても、別の母親(或いは父親)のDNAを受け継がせられるよう最大限の努力を払っただろう。

しかし、病んでいても人間生きていけるのも事実。ここらへんは自分の中でも若いときに葛藤があったが、私はあっさりただの人として生きる道を選んでしまった。幼いとき、或いはまだ学生だった頃漠然と「画家か彫刻家になりたい」と思っていたことは、いつからか「趣味でええやん」と自分に言い聞かせ、挙句はそんなことすら忘れてしまっていた成れの果てが現在のサラリーマンどっぷりの自分だったりする。今では鉛筆を握っても、文字すら汚くなってしまっているし、基本的な素描(デッサン)の腕も落ちてしまっているが、これには後悔はない。むしろ、職人として生きるか、画家として生きるかという区別も若いときに真剣に考えていなかったのもある。

ユトリロの不遇で病んだ生涯、彼の名画が生み出されていくまでのプロセスとは切り離して、作品は確かにすばらしく、その本物を目の当たりにできたのは嬉しかったが、やはりそれでもどんよりとした後味の悪さが感動の何倍もの強さで突き刺さってくる。それ故にこの画家の作品への思い入れも強いのも否定はできないのだが、複雑な気分ではある。3/13まで開催されているので、もう一回くらい足を運んでみようかなと思った。記念に展示会場の出口で売っていた図録「Cinquantiéme Anniversaire de la Mort de Maurice Utrillo」を購入した。

20060301-2.jpg

参考:
Wikipedia:モーリス・ユトリロ
Bienvenue
Nokko’s 『わたしの日記』:ユトリロ展
(・_・)b:ユトリロ
小人閑居日記:「モーリス・ユトリロ展」
ブログ・つれづれ草:ユトリロ展
212.com:モーリス・ユトリロ展でパリの復習
三太・ケンチク・日記: 「没後50年 モーリス・ユトリロ展」を観た!
わたぼうしの日々。:“漆喰に塗りこめられた魂の叫び”(モーリス・ユトリロ展)
タッチアウトの日記:モーリス・ユトリロ展

Comments:7

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pennen 2006年3月 5日 14:22

ユトリロですか!
いいなぁ~。
ユトリロって、白い絵の具に砂かなんかを入れて描いてたんでしたっけ。

自分もユトリロではないですが近々美術館に行こうとおもっております。

matsuoka 2006年3月 6日 02:07

>pennenさん

> ユトリロって、白い絵の具に砂かなんかを入れて描いてたんでしたっけ。

漆喰の壁の質感にはものすごい執着があったのかもしれません。鳩の糞や卵の殻を入れたりしたこともあったようですね。仕上げに黄身を上からコーティングしたり。。。

展示物は額にガラスがあったので、実際の筆がかすれた跡や、絵の具が上から置かれたでこぼこなどが見辛くはなっていましたが、やはり写真で見るよりはよかったなと思いました。

tonton1234 2006年3月 6日 19:11

「没後50年モーリス・ユトリロ展」を観た!
遅くなりましたが、トラックバックさせていただきます。
よろしくお願いします。

matsuoka 2006年3月 8日 10:57

>tonton1234さん
コメント&トラックバックありがとうございます。久しぶりにゆっくり絵を見る時間を作りましたがなかなか良かったです。他の人の作品で、見てみたいものがあれば足を運ぶようにしたいなと思いました。

antoinedoinel 2006年3月12日 23:48

はじめまして。
TBありがとうございました。
ご挨拶が遅くなってすみません。
こちらからもTBさせていただきますね。

antoinedoinel 2006年3月12日 23:51

すみません、TBが重複してしまいました。
ひとつ消しておいて下さいませ。

matsuoka 2006年3月12日 23:54

>antoinedoinelさん
トラックバックとコメント有難うございます。トラックバックの重複分消しておきました。(^^;

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