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2006年1月 Archive
ステロイド離脱事例:深谷医師の著書からの抜粋
- 2006年1月29日 22:00
- アトピー
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22の患者さんの事例が掲載されているが、この著書が世に出たのが2000年頃、彼らの現在がどうなのかも知りたい。
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今日のカレー
- 2006年1月28日 13:40
- グルメ

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2月のアトピー的自由計画集会
- 2006年1月28日 05:07
- アトピー
- 日時 2006年2月4日13:00~
- 場所 たかとりコミュニティーセンター 北会議室
〒653-0041 神戸市長田区久保町6-1-1-201 アスタくにづか4番館2階Yahoo地図はこちら
[map:神戸市長田区久保町6-1-1-201]
また、「アトピー的自由計画On the Radio」3月放送分の収録もあわせて行います。ラジオの興味のある方で出演してみたい方はぜひご参加ください。■「アトピー的自由計画On the Radio」3月放送分の収録
- 日時:2006年2月4日(土曜日)16:00-
- 場所:たかとりコミュニティセンター FMわぃわぃ サブスタジオ
〒653-0041 神戸市長田区久保町6-1-1-201 アスタくにづか4番館2階
[map:神戸市長田区久保町6-1-1-201]
各活動へのご参加はあらかじめメールでご連絡いただけると、日程などで変更があった場合連絡できます。by takayamake
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アトピー患者のライフサイクルにセーフティーネットが根付くまでに必要なこと(考察)
このバナーをiTunesなどの専用ソフトにドロップすることで、ポッドキャストを聴くことができます。(iTunesで聴く手順)
ダウンロード:rec-20060123-1534.mp3
[mp3:http://www.atopic-info.com/archives/podcast/rec-20060123-1534.mp3:アトピー患者のライフサイクルにセーフティーネットが根付くまでに必要なこと(考察)] 私は正直なところ個人的には特定のアジア3国(具体的には中国・韓国・北朝鮮)の政府の外交レベルでの日本叩き、それを醸成しつづける非民主的な国民教育には腹にすえかねるものがあり、このお隣の3国が大嫌いである。(しかし同じく日本人でありながらも、日本社会自体の理不尽で嫌な部分にも怒り狂っている部分もある。)単にこのようにステレオタイプとしてとらえるのはよくないのは頭ではわかっていても、正直なところこの根拠なき嫌悪感がゼロであるかのように対面コミュニケーションにおいて取り繕うのにも実際は気を使うものだ。もうひとつ正直に言えば、私は宗教(世界の三大宗教、新興宗教に関わらず)というものや、狂信者には激しい憎悪を持っている。しかし、そんな私でもたかとりで地道に個々の活動をされている在日外国人の個々人やたかとりコミュニティセンターのスタッフの方への感情は180度逆である。
現在、たかとりコミュニティセンターには、主として10の団体が同じ事務所を拠点として、それぞれの実現課題・目標を持って様々な住民向けのボランティア活動・サービスを行っているが、単一の団体のみのお仕事でそれぞれがバラバラに動くだけではなく、時には全部が一緒に活動することがあったり必要に応じて単一のA団体とB団体が組むケースもあるのだが、それらがどのように発生し現在に至るのかということを多言語センターFACILの吉富さんから説明頂いた。
簡単にポイントをまとめると、1995年1月17日の阪神・淡路大震災が起きたあとに徐々にどのような問題が浮上し、どのような人が問題に直面し、震災直後、復興期に不足していた情報・物資・行政サービスへのニーズがどのように変化していったか、日本人の住民にはなんとかなっても、在日の外国人の方や高齢者には自己解決が困難なケースにどのように手探りで地域に住む在日外国籍の住民が対応してきたか?そんな中で色々なボランティア団体、自助組織がどのように発生し、人的ネットワーク・情報ネットワークが形成されてきたか?というプロセスを、年表、団体系譜図、及び1995年以降の各団体の活動記録を収めたVTRの解説を交えて説明するという内容であった。たかとりコミュニティセンターでは、定期的にこのオリエンテーションを実施しているとのことであった。以下に引用しているFMわぃわぃさんもたかとりコミュニティセンター内にあるコミュニティFM放送局である。このサイトに記述されている「FMわぃわぃの歴史」も比較的わかりやすく説明されているので以下に引用しておく。
1995年阪神大震災。そのとき在日外国人の人々は・・・全く知らなかったのだが、神戸市長田区は人工比率にして約10%が在日の外国人が居住しており、上記FACILでは英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、ミャンマー語、アラビア語、ベトナム語、タイ語、インドネシア語、タガログ語、ペルシャ語等に対応したまちづくりに必要な情報・サービス等を民間レベルで洗い出し、行政に提言・実行可能なものは行政も協力して具体化しているとのことであった。特に情報格差が著しく生じる要因の一つとして、言語のカベがあり、これを取り払えれば、そこから先のあらゆる分野に解決策が見えてくるということであった。特に非常時、有事の際にはこれは誰でもある程度はイメージしやすいことだが、平時においても景気の良い悪いに関わらずそれは地道に継続されていて意味のあるものになる。
神戸市には数多くの外国人が暮らしています。その中でもとりわけ長田区は在日韓国・朝鮮人をはじめベトナム人、中国人、フィリピン人などアジアを中心とした28カ国の外国籍の人達が住んでいます.95年1月17日に兵庫県南部を襲った大地震はこうした外国籍の人達にも多大な被害を及ぼし、数多くの方が亡くなりました。また家屋の倒壊などにより避難生活を余儀なくされた人達がたくさんいました。外国籍の人達は、この緊急時に言葉が通じなくて、必要不可欠な情報を得ることができずとても心細い思いをしていました。FMヨボセヨとFMユーメン
こうした状況の下、震災2週間後の1月30日にJR新長田駅近くの韓国学園の一室から被災した在日同胞に向けて、韓国・朝鮮語及び日本語による震災情報と韓国音楽を放送するミニFM局が開局しました。「FMヨボセヨ」です。これは大阪市生野区の在日韓国・朝鮮人向けFM局「FMサラン」の協力で、韓国学園の先生をはじめボランティア数人が日夜交替で長田で被災した在日同胞を勇気づけようと放送を続けていきました。一方、長田区に暮らすベトナム人も、そのほとんどが震災で公園や学校での避難生活を余儀なくされました。言葉の壁により大きな不安を抱えながらの避難所暮らしが続きました。そのベトナム人に必要な情報を伝え励まそうと被災べトナム人救援連絡会議が中心になって、「FMヨボセヨ」と「FMサラン」の協力でカトリック鷹取教会ボランティア救援基地の中にミニFM局を立ち上げたのが4月16日でした。「FMユーメン」です。「FMユーメン」はベトナム語だけでなく、フィリピン人に向けたタガログ語・英語、南米人に向けたスペイン語、そして広く地域住民に向けて日本語と、五つの言語で放送を開始しました。
どの団体も共通で持っているベクトルとしては、住民(日本人、在日の外国籍の人、強者弱者、多数派少数派に関わらず)が少しでも自力で生活できるようになるために必要なことは、何から何までボランティアが無償でやってくれるというサービスを充実させるのではなく、自分の住む地域で自力で安心して働き、安心して生活できるようになるためのスタートラインに立つまで、またスタートラインに立った後に不足している情報・サービスを情勢に応じて提供することが重要なのだと感じた。
人種の坩堝(るつぼ)と言われる米国の都市部のみならず、世界のあらゆるところにはゲットーと呼ばれる単一の民族や国籍の街が区画別に存在するが、私は長田もこのレベルでのまちのあり方・日本での共存を目指していると勘違いしていたのだが、それとはまた違うビジョンであり、おそらくどの国の都市にもまだ存在しない多文化・多民族・多国籍の街のあり方を模索しているのだなというのがやっとおぼろげながらであるがほんの少し理解できたような気がする。
さて、前置きが長くなったが、ここでアトピーの患者にも「窮状が一般世間に理解されていないマイノリティ(少数派)」という側面がある。一般個人それぞれにも好調・不調があるのと同じくアトピー患者であっても自分の体調・就労状況・経済状況・家庭環境など、情勢は日々刻々と変化するのは同じであり、それでも図太く、或いは穏やかに一般市民と同じく暮らせている状況下のアトピー患者もいれば、薬剤の濫用による副作用、家庭環境の悪化、学校でのいじめ被害、就職差別・リストラ、引きこもりや家族のアトピーを苦にした一家心中、アトピービジネスに代表される宗教被害・悪徳商法被害等など、理不尽かつクリティカルななリスク要因と背中合わせな中で社会適合するべく「見えざる苦労」をしている人もいる。病状の不快感という一次的マイナス面は実は表層的なものであり、そこから派生する社会生活全般においてのリスク要因の方がはるかにクリティカルであるのだが、それが見えないということは、対応策が必要であるという認識が社会に生まれることはないということである。
問題提起として日ごろの不満を述べたり、それを露出させることは可能ではあるが、それでもそれだけでは一般社会が「これは深刻な問題だ。早急に対応策が必要である」と認識し、転じて我々が快適に過ごせる社会にするには何が足りなくて、何があればよいのか?という認識が生まれ、それが具体化されるかというとそうでもない。(現にこの10年間を見るとそうではなかった。)なぜなら、ごくごく普通の人にとっては自分に降りかかる事象として捉えられることはできないからだ。患者から社会への恫喝(或いはクレーム)告知型から、提案共存型に移行する必要がある。何が、どのように、なぜ、どのくらい理解がされていないのか?を明らかにし、ではどのようにすれば理解を得られ、当事者意識に少しでも近い形でイメージされ、気持ちよく協力を得られるのか?ということを我々アトピー患者・家族は深堀りし、的確に伝えていく必要があるのだと思う。
私の場合、10年間アトピーに関する個人サイトとしてやってきたうちの約7年間は、まさに上記問題提起(ステロイドの薬害周辺の二元論)に終始し、そこでの宗教論争に堂々巡りであった訳だ。一般社会に認識されないというのは、当時は「社会が悪い。」と噛み付きつづけた訳だが、理解を求める気持ちが強く、大きくなるにつれ、結果はそれに反してギャップが広がりつづけたのではないか?というのが今考えていることである。正直ステロイドは私は自分自身は使う気は全くないのは一貫して変わらない。(但し、例外としては、自分が他の病気に罹患した場合、例えば生命の維持には必要不可欠なケースでは医師のセカンドオピニオンで検討する。また、他のアトピーの人には「ステロイド使うな」とはいえないのと、アトピーの人で使っている人に「すぐにやめたほうがいい」ともいえないのが微妙に考えが揺れているところ。。)ここまで振り返るのに10年を要した訳だ。
自己批判し卑屈になる気は毛頭ないが、残念ながら過去の膨大な持論、その時々の自分の攻撃的な対人コミュニケーション、社会とのかかわりにおける悲観的世界観に対する批判が完璧に正しかったと言い切れないことも現実である。
また、過去の自分の言動、思想を自らのご都合主義でもみ消すことはもっと申し訳ないし、やってはならないことだと今は感じながらアトピー的自由計画の活動を手伝っている。当時があったから今の自分があると堂々と今後も真っ当に胸を張って生きていければよいが、上記状況からは、必ずしもそうでもなく自分のアイディンティも時とともに少しずつ左右に揺らぐものなのかなと最近は感じている。破壊的イノベーション、創造的破壊などのキーワードは私は好きだったが、果たして自分がそういった好ましき「壊し屋」として生きてこれたか?と胸に手を当てると必ずしもそうではない。また、壊した後には建設がされなければペンペン草しか生えない荒地でも有る。このままではだめで、これは私個人として反省しながら未来像を描き、根気よく新しいベクトルを引く必要があると思っている。あるいは我々が死んだ後、そのもっと先を担う多くの若い人にバトンタッチできるようにせねばならねばならないと思っている。
そろそろ本題の核心に入らねばならない。当エントリでは「アトピー患者のライフサイクルにセーフティーネットが根付くまでに必要なこと」というタイトルにしたのだが、上記前置き、そして自分の10年間を踏まえて思うところがあり、もう少し噛み砕いて以下に記述したいと思う。(うまく伝わるか少し自信ないのですが。。。。)
冒頭で、私は中国、韓国、北朝鮮という国が嫌いだと書いている。これは多数の日本の一般人が抱く隣国へのマイナスイメージとほぼ同じで、これはさほどぶれてはいない事実と仮定しておこう。歴史認識や、戦後の補償問題など、日本人として隣国を見た場合に、「なぜにこんなチンピラ国家にずっと謝りつづけねばあかんねん」という日本人の反発を増長させているのは何なのか?そう単純には定義するのは複雑で難しいかもしれないが、戦前、戦中の隣国の被害者意識がそうさせており、また、国を挙げての日本への憎しみを扇動する無茶苦茶な反日教育がまかり通っていること、国内の自虐史観を植え付ける戦後教育にもその一端があるとも思えるわけだが、おそらくここまでの記述では隣国の方々、国内に住んでいる在日の方々は「ワシらだけを被害妄想に固まったワルモンにするな!」と言いたくなるはずである。
戦前に日本に強制的につれて来られて過酷な労働を強いられた人々もいれば、日本の文化を愛し、日本に住みつき、日本人として暮らした人も少ないかもしれないがいるのかもしれないと私は思うし、前者の悲しい歴史的事実のみで語るべきものではないはずだと思うのだが、この視点での議論においてはお互いの歩み寄りはそこには残念ながらあり得ない。
実は、たかとりに出入りしている在日の方々に対しても、上記のような前提で在日の人を捉えている日本人(私も含めて)に対して、互いの憎しみを増長する主張をしている訳ではないことが少しわかってきた事実がある。
たかとりコミュニティセンターの成り立ちを聞いていると、阪神・淡路大震災の時に、在日韓国・朝鮮の人の頭によぎったこと、それは、「関東大震災の時に、在日の朝鮮人が略奪・暴動などの犯罪行為をやらかす」というデマが流れ、多くの在日朝鮮の人々が殺されてしまった。ということだ。私は本当にこのデマが流れ、当時在日朝鮮人の人々が殺されたのかは知らないし、このお話が本当に事実だと鵜呑みにするのも逆に危険ではないか?という立場でこの話を聞いていたのだが、阪神・淡路大震災の当時にこれを思い出した在日の韓国・朝鮮の人々は、的確な情報を共有することで、その過去のトラブルの被害に遭わないよう心がけ、地域の住民として避難の情報や救援情報など、地元の人と同じように受けられるように行動したということには、我々アトピー患者も学ばねばならないことがあると今は感じている。
罹災した人は、在日の韓国・朝鮮人だけではなく、ベトナム、フィリピン、ブラジル等など、それぞれに生活文化をもった人が同じ時に命や家族、財産を失う非常時であった訳だが、もちろんその中には日本人もいる。また、日本人として当たり前に受けられる社会保障や行政サービスでも、在日外国人の人々にはそれが制度上不可であるという空白領域があり、その苦労は計り知れないものだろうということまでは想像こそできても、その真の痛み、具体的なニーズをやはり当事者として感じ切ることにはやはり限界がある。
上記は在日外国人vs日本人という視点で少し日本人よりの立場で偏った記述をしてみたが、自分を一般の日本人として投影したときは、実際こんなもんであると思う。そして、現在、在日の二世、三世、四世と日本で生きていく中で、心の奥底に親やその先代から「日本人は如何に悪い奴らか」を聞かされ育った人が、個人的には日本人とトラブルなく表層上だけでも仲良く暮らすためには、顔で笑いながら心で憎んでいるのかもしれないとしても、また、過去の悲惨なわだかまりがあっても日本で生き抜く知恵・情報・コミュニケーションを模索しているということは評価できるし、もっと一般の日本人としての私も彼らのことを知らねばならないと感じるのだ。
また、昨年広島で、幼女が連れ去られ殺害されたが、犯人はペルー人であった。国内に住むペルー人のネットワークの呼びかけで、被害者の両親に折鶴が送られたという。しかし、これは、ペルー人としてのお詫びという意味ではなく(確かに殺害を実行したペルー人はあくまで1人。他のペルー人みんなが殺人鬼ではない。逆に、日本人にも凶悪犯罪者はいる。)、同じ人間の親として、子供を殺された悲しみに対するお見舞いの気持ちであると、吉富さんから説明いただいた。
日本にも目を向けてみよう。血液製剤のHIV薬害、アスベストの被害など、直接命に関わる健康被害に関しては、世の中の理解を得るためにその衝撃的な、過酷な状況は誰が見ても深刻であることは伝えやすく国も動かざるを得なかった。多くの理解者、支持者が出てくるまでのアプローチは当然当事者が努力したからにほかならない。しかし、アトピーという病気に関しては、何ら世の中の認識は変わっていない。
私はたまたま体調も安定し、職業も失わず、視力も現在は損なってはいない。10年前からそれでもステロイド薬害に関して声高に世間、医療関係者を挑発し、いかに世間からの注目を得ることができるか?そして、その問題認識をさせるかに集中したわけだが、これはアトピー患者(ステロイド使用派)vsアトピー患者(脱ステロイド派)、アトピー患者vs医療関係者(ステロイド使用派)、医療関係者(ステロイド使用派)vs医療関係者(脱ステロイド派)等、アトピー患者本人vsアトピー患者の親など、他にも想定できない対立の組み合わせがまだまだあるかもしれないが、その情勢をより複雑に憎しみ合う構図に加担してしまったことになってしまってたなと、つまり、上記日本人が抱くステレオタイプの嫌いな在日像に似た、「キャンキャンうるさくて社会適応できないアトピー像」という一般人からみたアトピー患者への負の差別構造を助長しかねなかったのではないかと今は考えている。
現に、今この瞬間も、家から出ることも出来ず、仕事に就く機会も得られず、かといって年金や生活保護を受給できる条件は満たされずどこからもサポートの必要性すら認識されず四面楚歌のアトピー患者さん、あるいはその家族がたくさんいるはずで、その深刻な状況を的確に伝える必要性もあるが、生活面で自力でなんとか解決でき生き抜く知恵は何か、ここまではできたが、社会的に必須のサポートはどこまで必要か?など、制度・医療・経済・教育、それこそ生活にかかわるあらゆる分野での患者間、患者~医療関係者の間、患者と一般社会の間で共有すべき、知って頂くべき項目はごまんとあるはずだ。これらを的確に伝え、我々アトピー患者が少しでも自力で安心して生きていける環境を得るには、上記在日の方々と同じく、対立を招かない歩み寄りの視点でのコミュニケーションや、社会、隣人に対するアトピー患者としてのアプローチが必要だと感じている。
抽象的な長文となってしまいましたが、この文末まで読んでくださった方々には感謝したいと思います。
当blogの参考エントリー:
現在の心境
参考:
たかとりひろば:たきび112-05:たきび112号(2006/1/17):<アトピー的自由計画>
気さくなtsuyopon:アトピー的自由計画
その他参考:
韓国はなぜ反日か?
ビラのHP-今こそ国民に真実を知らせ正常な世論を取り戻そう-
アジアの真実:・「ファビョン」、「ファビョる」 韓国人の恥ずかしい行動を全て説明してくれる言葉
依存症の独り言:いわゆる「アジア諸国」について
フィオリーナの以心伝心:ビューティー櫻井の、、“あなたのおっしゃるアジアって、、”
我が子に伝える誇りある近代史
國民新聞 歴史歪曲・南京事件・慰安婦 目次
アジアの真実:中韓の消極的な靖国批判に不満な朝日新聞 ~外交カードとして成功した靖国参拝~
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今日のカレー : タンダーパニー
- 2006年1月22日 13:52
- グルメ

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桃源クリームを販売していた元オウム道場長に実刑判決
- 2006年1月20日 11:43
- アトピー
オウム真理教(アーレフに改称)の信者らによる塗り薬無許可販売事件で、詐欺と薬事法違反の罪に問われた元東京道場長、井上崇(いのうえ・たかし)被告(37)に、東京地裁(成川洋司(なりかわ・ひろし)裁判長)は20日、懲役2年6月、罰金200万円(求刑懲役6年、罰金200万円)の判決を言い渡した。
参考:
当blogでの関連エントリー
アトピー性皮膚炎に苦しむ人の心理に付け込んだ卑劣な桃源クリーム
アトピーに効くクリームの続き
アトピーに効くクリームをオウム信者が販売で逮捕
↓これはオウム以外の業者。
アトピーに効果がある何某を販売の何某が薬事法違反容疑で
厚生労働省:プロピオン酸クロベタゾールを含有する無承認無許可医薬品の販売事例について
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W-ZERO3でフルスクリーン動画再生
- 2006年1月14日 18:49
- IT関連
- 320x240の動画もフルスクリーンモードにすれば画像が多少荒くても拡大表示でフルスクリーン再生できること
- DivXの動画再生に対応していること。


他にも過去に録画して貯めてあったDivXの動画も問題なく再生できた。但し、W-ZERO3で再生できるようにデータを変換してminiSDにコピーするところまでは実際はまだまだ面倒だ。私の持っているスゴ録で直接miniSDに書き込んでくれるか、またはHDDレコーダー自体がネットワーク対応していればもっと楽なのになあと思ったが、とりあえずはW-ZERO3で再生できたのでよしとしよう。だいたいの手順は以下の通り。
- スゴ録でHDDに録画
- スゴ録に録画したデータをDVD-Rにダビング(ファイナライズしないとPCで再生できないのでファイナライズも実施。)
- PCで上記DVDデータをDivXに変換
- miniSDにコピー
- W-ZERO3のTCPMPで再生
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フリーソフトウェアでの組み合わせの方が細かく色々できそうなのだが当面はこれで満足。但し、音声に関しては、ヘッドホンのジャックが平型なので、iPodのヘッドホンが使えない。平型プラグのついたヘッドホンを購入するか、変換アダプタを購入しないと電車の中などでは恥ずかしくて再生できない。
参考:
TCPMP
BetaPlayer AAC plugin
W-ZERO3 + TCPMPで動画再生
動画ファイルをもっと活用しよう! PSP、携帯用動画を簡単に作る
その他参考:
PocketDivXEncoderの使い方
3G携帯での再生用変換ソフト InterVideo Mobile Copy
携帯動画変換君
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100年前のお礼に20年後のお礼
- 2006年1月13日 11:24
- その他
小泉首相は12日午前(日本時間12日夕)、イスタンブールのホテルで、1985年のイラン・イラク戦争の際に日本人を救出したトルコ航空の元機長、アリ・オズデミル氏と会い、感謝の意を伝えた。当時、政府は日本の航空会社に邦人輸送を依頼したが、調整に手間取ったため、トルコ政府に輸送を要請。オズデミル氏は機長として、日本人約200人を救い出した。
この記事と100年前(厳密には今から遡ると110年以上も前)と何か因果関係があるのかと疑問をもたれる方もいるかもしれない。確か、1800年代の終わりの頃に、トルコの軍艦が遭難して、和歌山の某所の村の人が救助に尽力したことをトルコの人々は忘れていなかったというようなレベルでのうろ覚えの記憶がよみがえってきたので調べてみると、「エルトゥールル号遭難事件」というキーワードにたどり着いた。イラン・イラク戦争当時、私は中学生か高校生だったが、当時もこの「エルトゥールル号遭難事件」という言葉自体知らなかった。
エルトゥールル号遭難事件(えるとぅーるるごうそうなんじけん)とは、1890年(明治23年)9月16日夜半、オスマン帝国(現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号(Ertuğrul Firkateyni)が、和歌山県串本沖の熊野灘(紀伊大島の樫野埼灯台の東方沖海上)で遭難した事件。この事件は、日本とトルコの友好関係の起点として記憶されている。(引用中略)
1890年(明治23年)9月16日夜半、エルトゥールル号は折からの台風による強風にあおられ、和歌山県樫野崎灯台沖に連なる岩礁に激突、座礁したエルトゥールル号は機関部に浸水して爆発、沈没した。灯台下に流れ着いた生存者が数十メートルの断崖を這い登って灯台に事件を知らせ、灯台守の通報により大島村(当時)の村民が総出で救助と生存者の介抱に当たった。この時、台風により出漁できず食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず、島民は非常用のニワトリすら供出するなど、献身的に生存者たちの回復に努めた。この結果、司令官オスマン・パシャをはじめとする587名が死亡または行方不明となる大惨事ながら、69名が救出され生還することができた。
やがて事件は和歌山県を通じて日本政府に伝わり、心を痛めた明治天皇は政府として可能な限りの援助を行うよう指示した。こうして医師と看護婦が和歌山県に派遣され、さらに生存者は日本海軍の「比叡」「金剛」2隻により無事トルコへと送り届けられた。
ただ、当時の歴史的背景から、
エルトゥールル号の遭難は大きな衝撃を呼んだが、オスマン帝国の専制君主アブデュルハミトのもとでは人災としての側面は覆い隠され、天災による殉難と位置付けられ、新聞で大きく報道されるとともに、遺族への弔慰金が集められた。
こういう裏の面(或いはお上のご都合で歪曲された部分があるにしても)があったのは残念な部分もあるが、当時の時代背景から仕方ない部分もあるかもしれない。それでも庶民同士、個人同士としては100年以上も前でもこのような人間同士の交流があったということは何か嬉しいものがあった。我々が学生時代に学んだ歴史の授業にはノルマントン号事件はキーワードで出てきていたが、このエルトゥールル号遭難事件に関しての記述などなく、思うに我々の受けた歴史教育はことさらに自虐史観たっぷりの虫食い状態の近代史教育だったような気がする。その影響か否かは別として、テヘランでの法人救出が行なわれた当時の朝日新聞のあまりにもひどい記事の書き方にもそれが如実に現れていたという情報があった。
■2.日本・トルコ関係史に無知な朝日■遠くでその歴史を知っている国の人の話す事実を伝えようとせず、歴史を知らない?記者による推量でスルーという失態をここでもやっていた朝日。なんか日本人として恥ずかしい。
こうして、もはや万事休すと思われた土壇場、翌20日の朝刊に「テへラン在留邦人希望者ほぼ全員出国/トルコ航空で215人」という朗報が載った。何とトルコ航空機がテへランに乗り入れ、邦人215人を救出してくれたのである。まさに間一髪であった。掲載された写真には無事脱出できた子供たちを含む邦人家族の喜びの顔が写っている。さて、ここで考えなければならないのは、なぜトルコが危険を冒してまで邦人を助けたのかということであるが、この疑問に対して朝日新聞の記事はこうである。
すなはち「日本がこのところ対トルコ経済援助を強化していること」などが影響しているのではないかと、当て推量を書いてお しまいなのである。自国の歴史に無知とはこういうことを言う。日本とトルコには歴史的に深いつながりがあるのだ。この記事を書いた記者が知らないだけである。
無知だけならまだしも、金目当ての行為であったかのように書くとは冒涜もはなはだしい。トルコは長いあいだ日本に対する親愛の情を育ててきた国である。■3.駐日トルコ大使のコラム■ その証左として、昨(平成9)年一月の産経新聞に載った駐日トルコ大使ネジャッティ・ウトカン氏のコラムを紹介する。
これを読むだけでも、トルコが何故日本に親愛の情を寄せるに至ったかの消息が明らかになろう。それは日露戦争をさらに遡る明治二十三年の出来事に端を発している。勤勉な国民、原爆被爆国。若いころ、私はこんなイメージを日本に対して持っていた。中でも一番先に思い浮かべるのは軍艦エルトゥルル号だ。1887年に皇族がオスマン帝国(現トルコ)を訪問したのを受け1890年6月、エルトゥルル号は初のトルコ使節団を乗せ、横浜港に入港した。三ヵ月後、両国の友好を深めたあと、エルトゥルル号は日本を離れたが、台風に遭い和歌山県の串本沖で沈没してしまった。悲劇ではあったが、この事故は日本との民間レべルの友好関係の始まりでもあった。この時、乗組員中600人近くが死亡した。しかし、約70人は地元民に救助された。手厚い看護を受け、その後、日本の船で無事トルコに帰国している。当時日本国内では犠牲者と遺族への義援金も集められ、遭難現場付近の岬と地中海に面するトルコ南岸の双方に慰霊碑が建てられた。
エルトゥルル号遭難はトルコの歴史教科書にも掲載され、私も幼いころに学校で学んだ。子供でさえ知らない者はいないほど歴史上重要な出来事だ。ここに挙げられたエルトゥールル号遭難に際して、台風直撃を受けながらも約70人のトルコ人を救助した地元民とは、和歌山県沖に浮かぶ大島の村民である。
今は杉原千畝の生涯に興味があり、これに関しての読み物などを探している。
参考:
トルコ大使館:トルコの時代:日本とトルコの民間友好史:快男児山田寅次郎
トルコ大使館:トルコの時代:日本とトルコの民間友好史:テヘランに孤立した日本人を救出したトルコ航空
南紀のトリビア:オスマン・トルコ軍楽隊は、日本に来ると必ずと言っていいほど串本へ立ち寄る!
エルトゥールル号事件
下っ端街道まっしぐら。【猫餌まぐろ味】:親日国トルコ…正の連鎖への希望
アジアの真実:破格の扱いで歓迎された首相のトルコ訪問 ~親日国家トルコとの歴史~
Japan-Turkey.swf(Flashムービー)
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2月放送分のアトピー的自由計画 On the Radio収録日変更
- 2006年1月13日 09:01
- アトピー
アトピー的自由計画の集会は1月21日13:00からとさせていただきます。理由は私がインフルエンザによる高熱で寝込んでいるからです。
明日の放送は予定通り12月に収録した分を放送。2月放送分の収録は上記お知らせの通り1月21日(土)13:00からとなった。
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今日のカレー
- 2006年1月 7日 11:54
- グルメ

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アトピー的自由計画 On the Radio 第18回放送のお知らせ
- 2006年1月 4日 01:17
- アトピー
「アトピー的コレクション」では、アトピー患者さんたちが苦痛を軽減するために、または、おしゃれを楽しむために自身の衣服にどのような工夫をされているのか、アイディアを継続して募集しております。どうぞよろしくお願い致します。
- 放送日時:2006年1月14日土曜日16:00-16:30
- 放送局:FMわぃわぃ
http://www.tcc117.org/fmyy/- 番組表(第二土曜日):
http://www.tcc117.org/fmyy/timetable/sat.html- 概要:
司会:松岡さん
ミキサー: 岡部さん
トーク参加者:高山さん、岡部さん、松岡さんクリスマス、年末年始どうしていたかなど、前半はゆるっと近況報告。後半は、アトピー的コレクションの進捗状況と、3月の成果発表の予定に関してお届け致します。
アトピー的自由計画へのメッセージ送信方法:
by matsuoka
- フォームメールでメールする。
- アトピー的自由計画掲示板へ書き込む
- アトピー的自由計画からのお知らせの各記事に「コメント」というリンクがありますが、これでも書き込めます。 アトピー的自由計画からのお知らせの各記事に、あなたのblogからトラックバックPingを送信する。
ラジオの聴き方:
アトピー的自由計画 On the Radioを聴くにはRealPlayerがインストールされている必要があります。
放送聴取用のURL:
http://www.jp.real.com/fm-yy/fmyy.ram
参考URL:
番組表(土曜日)
「インターネットでFMわぃわぃを聴こう」
RealPlayerのダウンロード
(リンク先画面右の無償版 RealPlayerのダウンロードで充分聴けます。)
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謹賀新年
2006年が始まりました。本年もよろしくお願い致します。年賀状は基本的に勤務先の同じ部署の人にしか出しませんのでこれで勘弁してください。
このバナーをiTunesなどの専用ソフトにドロップすることで、ポッドキャストを聴くことができます。(iTunesで聴く手順)
このエントリーのみのpodcastを聴く場合は以下のリンクをクリックするとダウンロードできます。
ダウンロード:rec-20060101-0000.mp3
[mp3:http://www.atopic-info.com/archives/podcast/rec-20060101-0000.mp3:謹賀新年]
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加害者の側に立とうとする心理とは



