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『厚生省の犯罪』より

松下一成著
ジャパン・ミックス
¥1300
ISBN4-88321-250-5 c0076 p1300E

第9章 危険な万能薬”ステロイド”が野放し

 アトピー性皮膚炎は子どもの皮膚病の約3人に1人の割合で起こっており、今日ではごく普通に見られる皮膚病である。これまでは乳児期に発病し、慢性的となるが年齢が高くなるにしたがって軽快し、やがて自然に治癒するとされていた。しかし、最近はその発症時期は必ずしも乳児期とは限らず、思春期になって発病するというケースも増えてきている。

[医者たちのアトピー治療の混乱]
[ステロイド剤の開発・乱用]
[劇薬指定と使用規制]
[数多く行われているステロイド剤の害作用調査]
[効能書の日米の違い]
[「実はステロイドを使わない」という厚生省役人]
[一度に20本という実態がある]


医者たちのアトピー治療の混乱

 アトピーはいまだにどういう病気で、なぜそんな病気になるか、はっきりと解明されていない。遺伝的な素因があるところに、何らかの抗原が作用することによって起こるという程度のことがわかっているだけである。しかし、それもこれまでは大半の人が年齢が進むにつれて治っていっていた。

 成人にアトピーが増え出してきて、医師たちのなかにも混乱が起こってきた。もともとアトピーが何なのかわからない。そして、アトピーについて統一した診断基準もない。それにもかかわらず、アトピーと称していろんな薬を出す。とくに、非常に副作用の強いステロイド外用剤を安易に出している医師が多い。アトピー性皮膚炎の治療についてはこんな奇妙な現状がある。

 一様にステロイド剤といっても、今市場には非常にたくさんの種類の薬が売り出されている。調べてみると何百種類も出されていて、どこがどう違うのかわからない。しかも、医者が出す薬にはラベルが貼っていない場合があり、こうなるともうますます中身が何であるかわからなくなる。こんな薬はもう使わない方が賢明である。

 ステロイド外用剤は簡単に薬局で買えるものが多くあるが、薬としては劇薬に分類されている。このことからわかるように、本来簡単に素人が使ってよい薬ではないのである。

 また、どんなに作用の強い劇薬でも、医師の出したものなら、皮膚に塗るくらいなら大丈夫だろうとほとんどの人が思っているだろう。確かに、一度や二度、あるいは一日や二日の使用なら、よほどのことがない限り大きな被害は現れない。しかし、もしあなたが二週間以上同じ薬を使っているとしたら、少し用心したほうがいい。何度もいうように、ステロイド剤の副作用は重篤なものが多いからである。


ステロイド剤の開発・乱用

 ステロイドホルモンが発見されたのは、他のホルモンに比べて比較的早く、1800年代の末だった。副腎皮質から分泌される物質に昇圧作用があることが見い出され、1899年にはこの昇圧物質が分離されエピネフィリンと命名された。しかし純粋に合成されるようになったのは1940年になってからで、そう昔のことではない。1948年になって、アメリカの医学者フィリップ・S・ヘンチによってこの物質が重症の慢性リウマチに有効であることが発見され、彼は当時としてはめずらしい映画という手段で紹介した。ヘンチはこれによって、1950年にノーベル生理学賞を受けることになる。

 今日ではステロイドホルモンの働きもかなり詳しくわかっており、糖代謝、蛋白代謝、脂肪代謝、水代謝と、身体の働きのすべてをつかさどっていることが知られている。さらに、消化管や筋肉、骨、血管系にもさまざまに作用する。そのため、ステロイド剤は患部の炎症を鎮めるだけでなく、さまざまな症状を改善することが証明されている。そこで、ステロイド剤が有効な適応症としては、内科、外科から始まって、耳鼻科、泌尿器科など、ほとんどの診療分野にまたがっている。だが、それだけに使い方の難しい薬であるとも言えるのである。

 ステロイド剤の使用にあたっては、わが国ではかなり早い時期の1962年(昭和37年)に厚生省が「副腎皮質ホルモン等の使用基準」(保発第四二号保険局長通知)を定め、全国の医師に通知している。また、69年(昭和44年)には「使用上の注意」(薬発第九九九号)が出された。

 しかしその後、より新しくより強力な薬効をもつステロイド剤が続々と開発され、それらのステロイド剤による副作用が続発した。厚生省が75年(昭和50年)まとめた副作用情報によると、全国のモニター病院にもたらされたステロイド剤の副作用情報は全報告数の10%前後にものぼっている。この数字から、わが国の医師達がその効果が著しいことに惹かれ、危険なステロイド剤を安易に使用してきた、その乱用ぶりがうかがえる。

 この実態に驚いた厚生省は、ステロイド剤の何らかの取り締まりを余儀なくされ、76年(昭和51年)には強力な薬効をもつ一連のステロイド剤を劇薬に指定した。


劇薬指定と使用規制

 医薬品の劇薬指定や毒薬指定は、薬事法に基づいて厚生大臣が行うもので、使用量の極量が致死量に近いときや、その薬の薬理作用が強くて人に危害を与える恐れがある医薬品について、劇性の強いものを「劇薬」、毒性の強いものを「毒薬」指定している。そして、これらの医薬品を販売したり使用したりするときに、特別な注意を払うよう求めている。

 このような指定を行う場合としての目安は、

  1. 急性毒性の強いもの
  2. 慢性あるいは亜急性毒性の強いもの
  3. 案全域の狭いもの
  4. 臨床上の常用量が中毒量に近いもの
  5. 常用量で副作用の発現率が高いもの
  6. 蓄積性が高いもの
  7. 常用量の薬理作用が激しいもの

などのいずれかに該当する場合に行われることになっている。

 このような指定を受けた医薬品は、医師の処方箋がないと薬局では買えないし、薬局でも普通薬としは別にして扱い、保管の際には鍵をかけなければいけないことになっている。

 ステロイド剤としては、フルオシノニド、ジプロピオン酸ベタメタゾン、吉草酸ジフルコルトン、プロピオン酸クロベタゾール、アムシノニド、ハルシノニド(これらは一般名で、商品の成分名に記載されているものです)などが劇薬指定を、順次受けた。しかし、このような措置も、その使用の判定をするべき医師自身が薬に対する正しい知識を持っていなくては、何の意味も持たない。その後、ステロイド剤の副作用による被害がまったく減少していない理由の一つには、医師が自分の使っている薬について正しい知識を持たずに、メーカーのセールスマンの言いなりになって患者に薬を与えていることに原因がある。

 たとえば、70年(昭和45年)に開業医および病院医師を対象として行われた、「薬の使い方」についてのアンケート結果を見てみよう。リウマチ性関節炎という病気はいまだ良い治良薬のない病気だが、わが国の医師はこの病気の患者に対して、まずステロイド剤を選んでいる。ところが同年代のイギリスの医師たちは、ステロイド剤を第一選択薬としては考えていない。またさらにイギリスでは、帝国リウマチ委員会などの公的な機関が、常に医薬品の有効性について調査・研究していることも、わが国と大きく違う点である。

 このような外国の動き、特にアメリカの薬事行政の影響を受けて、厚生省は73年(昭和48年)から一連の薬の有効性の見直しをしてきたが、その中で、外用ステロイド剤の再評価を77年(昭和52年)に行い、その結果を同年7月の第十二次判定結果として発表した(内服用については84年6月に第二十二次判定結果として発表されている)。そこでは、これまで非常に広範囲な疾患に対して認めていた外用薬の薬効を、湿疹、皮膚炎群、皮膚掻痒症、乾せんなどに限定した。しかし、厚生省の措置は実際にはほとんど医師たちには伝わっていない。


数多く行われているステロイド剤の害作用調査

グラフ

 厚生省が外用ステロイド剤の発売を許可したのは1953年(昭和28年)のことである。この薬は皮膚科の治療法に革命的な変化をもたらした。その反映としてステロイド剤の生産量は年を追って増加し、1961年(昭和36年)には28トンにすぎなかったものが5年後の66年には150トン、10年後には280トン、14年後の75年(昭和50年)には364トンと、急激に伸びている。

 ところが、ステロイド剤は、その使用方法を誤ると思わぬ被害を起こすので、厚生省は62年(昭和37年)に使用基準を定め、全国の医師に通知した。65年(昭和40年)には、害作用を問題にした医学論文がわが国で初めて出された。

 それ以降、外用ステロイド剤の害作用についてはいろいろな報告が出され、さまざまな角度から調査がされている。

 薬の使用説明書(効能書)には、使い方や副作用の欄に、これらの研究が反映して記載されている。


効能書の日米の違い

 だが、わが国の薬に添付されている使用説明書(添付文書-効能書ともいう)が、企業に有利なように書かれているということも有名な話である。最近は副作用についてはくまなく表示するようになってきたが、これとても製造物責任法による訴えから身を守るための方便だという見方さえある。

 この使用説明書というのは、医師が治療の指針として活用する薬に関する一番手近な参考文献である。今日では厚生省の指導のもとに、その記載方法や記載内容、使う用語が統一された形になっている。だから、製薬会社が変わってもその薬に含まれている主薬が同じであれば、どのメーカーのものを見てもほとんど同じ内容で、いわばわが国における薬の使い方として個々の基準を示していると言える。

 この使用説明書に記載されている内容を、ステロイド剤について日本とアメリカでどう違うかを比較してみよう。

 ステロイド剤として日本の方はリンデロン(塩野義製薬)を、アメリカではPDR(Product Desk Reference=机上便覧)に記載されているものを例に挙げてみる。

 まず、アメリカの場合、医師が薬を使う場合に最も注意すべきこととして、「警告」という欄に目を通す。PDRには「コルチコステロイド(ステロイドのこと)の連用は、視神経を損なう後嚢白内障や緑内障を引き起こす可能性がある。そして、真菌やウイルスによって、副次的に目の感染症も起こしやすくなる」と記載されている。

 これに該当する部分を日本のもので探してみると、「警告」という強い口調ではないが、「使用上の注意」という欄に次のような記載が見つかる。

「次の患者には投与しないことを原則とするが、特に必要とする場合には慎重に投与すること-消化性潰瘍、精神病、結核性疾患、単純ほう疹性角膜炎、後嚢性白内障、緑内障....(以下、病名が続く)」

 これらが違うことを述べているのは明らかである。つまり、アメリカのPDRはすべての患者に対してリンデロンの連用によって目の神経障害や感染症が生じる危険性を”警告”している。これに対して、日本の場合はその疾病を持つ特定の患者に対してのみ使用に注意しなさい、と告げている。

 もう一つ同じような例を挙げてみよう。同じ「警告」の中で、次のようにも言っている。

「ハイドロコーチゾンまたはコーチゾンの、平均的もしくはそれ以上の大量投与は、血圧上昇、塩分および水分の貯留、そしてカリウム排泄を促進する-飲食物の塩分の制限と、カリウムの補充が必要とされる。すべてのコルチコステロイドはカルシウムの排泄を促進する」

 日本の場合、これに該当する部分は、処方する医師にとって重要と思われる「一般的注意」の項目には見られない。「副作用」の項目のところにきて、やっと見つけることができる。

 しかし、それは次のようなものである。

「体液・電解質浮腫、血圧上昇、低カリウム性アルカローシス等の症状が現われることがある」

「副作用」の項には「次の症状が現われることがあるので、観察を十分に行い、このような症状が現われた場合には適切な処置を行うこと」とあり、副作用の報告があったものを羅列して、すべて「AやBやC....が現われることがある」というふうに締めくくっている。その薬の特性として危険な性質を持っていると説明するのと、副作用として「現われることがある」という言い回しとでは、随分違いがあるということに気づかれるだろう。

 このように、わが国の使用説明書には、実作用情報の基本的な部分での甘さが随所に見られる。

 ステロイド剤の使用説明書を比較しただけでも、日米でこんなに大きな違いがあるが、外国では起こらない薬の被害がわが国で多発しているは、先進諸国に比べてほぼ10年の遅れをとっているわが国の薬務行政にあるといえよう。


「実はステロイドを使わない」という厚生省役人

 私たちは過日、「アトピー治療にステロイドを使わせないでほしい」と厚生省に訴えた。このとき出てきた担当役人の中には、医師の資格を持った人もいた。交渉の主な部分を抜粋してみると、

 -厚生省の返事は歯切れが悪い。決して一時的な使用で終わらずに長期連用されていることを知っているからだ。


一度に20本という実態がある

 -厚生省は、ここでようやく言われている問題が少しわかってきたようだ。

 --もうこうなると、黙りを決め込むしか手がないというようにわれわれの投げかけた質問にはまともな答えが返ってこなかった。

 この交渉を終わった後の雑談の中で、ある役人がふと漏らした言葉を私は聞き逃さなかった。

「実は私の子供もアトピーなんだが、ステロイドは使わせていないんですよ」


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