▼Contents
更新履歴及びお知らせ ホームページ(atopic-info版) ホームページ(bekkoame版) ホームページ(DCF版) 医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構 助っ人 参考図書 投稿記事 ライフワーク アトピージプシー歴 明石病院 明石病院からの助言 アトピー患者名簿流出事件

9月5日の投稿記事(28歳女性)

Date: Thu, 5 Sep 1996 17:17:30 +0900

 はじめまして。  松岡さんのホームページに共感したのでメールを送ってみました。

 私は28歳の女です。今年の5月に結婚して、今は家にいます。

  アトピー。ホントにやっかいなビョーキですよね。命には別状ないけど、日常生活にはとんでもなく支障アリ。人にどれだけこのビョーキのこと語り尽くしてもわかってもらえない。ステロイドの問題、民間療法の氾濫、医療体制の現状・・・。松岡さんのホームページに語られていることすべてが私の気持ちを代弁しているとい った感じです。

 厚生省への働きかけにも賛成です。もっと患者が大勢で団結できるといいのですが、なかなか難しいですね。本当に悔しいです。病院に行って、薬を飲んだり、入院したりして「完治」できるビョーキだったらどんなにラクでしょう。保険の効かない民間療法的なやり方でやるしかないからお金もかかるし。ホントに「アトピー 貧乏」になっちゃいそうですね。

 私も松岡さんのアルカリイオン水と同じ「還元水」(リバーストンのケアウォーターという機械。松尾博士の。)と強酸化水で地道に療養してます。ま、このやり方なら一回機械を付ければそれ以上の費用はそんなにかからないので費用面ではまだマシですが・・。でもどんな方法でもそれで「完治」できるのならいくらだって 払いますよね。だけど、どの療法も今のところ完治は科学的に証明されてない。根本的原因すら判明してないなんて、気が遠くなりますね。

 私がアトピーと本格的に戦い始めたのは去年の1月にステロイドを辞めてから。小学校高学年頃から時々湿疹が出て、皮膚科にはたびたびお世話になっていたけれど、それはあくまでも一過性のもの。アトピーと診断されたのは20歳頃。でも手の指と顔の一部くらいでたいしたことなかった。ステロイドも塗ったり、塗らなかったり。25歳くらいから少しずつ悪化してきて、そのうちステロイドを顔に半年間常用したら、もうアウト。ステロイドの性質はわかってはいたものの、こんなに恐ろしいことになるなんてって感じでした。

 例の日本オムバス・全国アトピー友の会小川会長の「アトピー性皮膚炎の治し方」を読んだのをきっかけに自らステロイドを切ったのが去年の1月。そして5月から還元水を飲みはじめました。1〜5月はもう最悪の状態でした。ヘルペスにもなって死にたくもなりました。症状は顔と首と手に集中してます。身体はキレイです。でも見えるところばっか。女としてはつらいところです。

 還元水を飲み初めてから2ヵ月後くらいに顔と首がキレイになりました。手にだけしつこく炎症が残っていて。その後は小さな一進一退の波はあったものの、だいたい落ち着いてました。でも、今年に入って冬から春に、またドドーンと大きな波が来ました。リバウンド期に匹敵するほどの。つらかった。いったい何なんだろう って思いました。薬をやめた後に出てくるのはしょーがないけど、マジメに療養してきてあるていど落ち着いていたのになぜって感じ。ストレスとか季節とか、そんな単純なことだけが理由だとはとても思えなかった。

 5月に結婚式が控えてました。が、症状は最悪。延期も考えたけど、結局悩み抜いた結果、一時的にステロイドを使って症状を押さえ、結婚式に挑みました。ステロイド使うくらいなら死んだ方がマシだとも思ったけど、どーしようもなかった。あくまでも一時的に使うだけなんだ、現代医学の力を都合よく拝借するだけなんだと自分をなだめて。あんまりひどかったんで、内服を使わされたんですよ。ステロイドを内服したことはなかったので、ホントに恐かった。実際、恐いくらいの効き目で3日でキレイな顔になったし、その後少しずつ薬を切った時もすぐに元のひどい顔になった。でもまあとにかく、結婚式を無事終えられてホッとしたし、緊急事 態を救ってくれるという面でステロイドには一応感謝しました。

 その後はまた還元水で地道にやってます。私の場合、夏場が調子がよいようです。7、8月と顔の方はキレイになりました。でも首と手はかゆーいです。毎日毎日掻いてしまいます。手なんかは特に思いっきり掻いてしまいます。家事も綿の手袋&ナイロン手袋でやってます。不自由です。あまりの不自由さに時々イライラして暴れます。痒みをガマンしているだけでエネルギーの消耗も大きく、疲れやすいです。そばに支えてくれるヒトがいることだけが救いです。ダンナさんには心から感謝しています。彼がいなければ今頃自殺してるかも。

 ま、とにかく私は還元水を1日2リットル飲み、朝晩お風呂に入り身体をあたため、農薬や添加物をなるべく抜いた食事(還元水に食材を浸したり)、そして睡眠をしっかり取るという、ごく基本的でナチュラルな生活をすることで、アトピーの改善に努めています。

ところで、こちらの地域にアトピー患者やその家族が時々集まって、それぞれの近況や情報交換をするという20人程度の集まりがあります。とてもアットホームな雰囲気で、私もかなり心が救われました。その中で出会った人が還元水を勧めてくれたのです。酸化還元電位など科学的にも納得できたし、水を飲むという自然な行為がそのまま治療にもつながるというのは理想的だと思いました。そういえば松岡さんのホームページを最初に教えてくれたのもたここの人でした。その頃はまだ私、インターネットやってなかったから自分ではアクセスできなかったけど。

 湯治をしようとほとんど決断していた時に還元水の話を聞き、切り替えたのは今考えても運命的です。実際にオムバスの方まで一回足を運んでいたし、後は契約するだけという段階だったんです。でも、私としては湯治やらなくてよかったと思っています。ここの集まりに参加している方の中で湯治に取り組んでいる人が何人かいました。結果的に完治に近い状態で卒業したのは一人です。ほとんどは、一旦はすごく良くなったけど、1年くらいしてそろそろ卒業かなーと思った頃にまた悪くなったりしています。2年くらいダラダラと高いお金を払って(総額200万以上)お風呂に入り続けている人もいます。いろいろです。やっぱりこのやり方も人によって合う・合わないはあると思います。湯治をしていてもなかなか治らない人は、温泉の入り方が足りないんだ、みたいなことをオムバスのカウンセラーから言われたりします。でもそうじゃありません。ちゃんとやってても、治らない人は治らないし、治る人は治るんです。一日3時間、4時間、5時間もお風呂に入るなんて普通じゃないですよね。みんな真剣なのに、カウンセラーたちも所詮ただの人。人ゴトだとおもってめちゃくちゃ言う。

 小川会長の本には必ず治るというニュアンスで書かれていますが、あの本に写真の載っている人はオムバスの患者の中でも優等生の類です。まぁ、だけど、人が言うほどの悪徳商法でもないとは思います。確かに費用面ではちょっと高すぎるけど、システム上仕方がないといえばないでしょう。それに温泉そのものはいいものだし、それで治ってる人がいることも事実だし。

 すみません。なんか長くなって。松岡さんのところに来るメールはみんなこんな感じですか? ごめんなさい。私もアトピーとの戦いがいったいどこまで続くのかホントに気が遠いです。1年くらいマジメにやれば、ある程度治ると思っていたけど、そんなに甘いものじゃありませんでした。良くなっても、また悪くなる。このステロイドの離脱ではない、もっと後の悪化というのは単なるアトピーの悪化だと思いますか? 薬がまだ身体の中に残ってたんだとか言う人がいますけど、残ってたら一旦よくなったりします? 私の場合そこまでステロイドを使ってないので、切った直後のリバウンドで十分副作用は出切ったつもりです。

 とにかく、症状のアップダウンに日々、気分や行動をコントロールされてしまいます。そんなではいけないとは思うけど、これ以上優等生にもなれません。「病は気から」というけれど、「気も病から」だと思いませんか? 身体がひどければやっぱり気も沈みますよね。誰だって。


9月24日の投稿記事(24歳男性)

Date: Tue, 24 Sep 1996 04:15:25 +0900

現在ステロイドによる治療を受けている方がどのくらいいるのか分かりませんが、もしそういう治療を受けていて、ひょっとして僕と同じ道を歩もうとしている人がいて、これをよんで、ひょっとしてヤバいのでは、とおもってもらえれば、よく麻薬中毒患者の手記がありますが、あれと同じくステロイドジャンキー、 そしておきまりの結果へのレールの一つを示す事で警告になればと思い、今までの経験をかくことにしました。

まだ完結していませんが、何度かにわけて書いて送りますので、HomePage の投稿のところにのせて頂きたいとおもいます。

自分が他人と違う病気を持っている事に気づいたのは小学校の低学年のころだったでしょうか。 当時は夏になるとあせもだかアトピーだか定かではない湿疹が関節の内側にできたので、親につれられて家の近所の開業医の皮膚科 A で症状がひどくなるたびに見てもらって塗りぐすり(ステロイド軟膏かどうかは定かでないが、薬の効き方から想像するにはいっていたのでしょうね)をもらっていました。

いつのころからか手や足の関節の内側の湿疹がいつも出ているような状態になりましたが、ひどくなければそんなに痒いとは思わなかった(ようなきがする)し、ひどくなればその医者で塗りぐすりをもらってくればすぐに引いたのでこの当時はとくに辛かった思い出はありませんが、朝起きると爪に血が付いていたりした記憶もあるので、夜寝ている間にかきむしるような事もあったのだと思います。親によく「きちんと薬をぬるように」注意された覚えがあります。

中学生のころから頭の皮膚に痒みが出はじめました。僕の住んでいた関西の某地方都市では当時男子中学生は頭を二枚刈りにすることが校則で決められていて、頭を刈ったあとなどは頭皮が真っ白に見え、かなりひっかいた跡のかさぶたなどもできていました。ひどくなると相変わらず皮膚科 A に行って薬をもらっては塗っていました。関節の湿疹と痒みはある程度ありましたが、プールにも普通に入っていたし、林間学校などでもアトピーが気になった思い出はないので、生活に直接の影響がでる程ではなかったです。

高校の中頃まではそんな状態が続いていましたが、高校2年生の秋頃から、急に体の関節以外の箇所がかさかさに乾いて痒くなり、湿疹がでるようになりました。また自律神経失調のような症状が出はじめ、体全体がだるくなり、微熱が続き、リンパ節が腫れる症状が出るようになりました。アトピーとの関連は不明ですが、市の大きな病院で血液検査を受けたところ、白血球が異常に多く、ウイルス感染の疑いがあるということでしばらく 「免疫血液科」とかいうところに通った記憶があります。

このころ(精神的な理由もあって)授業をだまってさぼったりしました。当然だまってさぼった事は親にばれ、さぼった理由を問いつめられましたが自分自身でも分からず、「神経科にいきたい」「カウンセリングを受けたい」等と繰り返して親を困らせた覚えがあります。

小さいころからかかっていた医者(皮膚科 A)はこのころには無くなっていたので、知合いの紹介で別の開業医(皮膚科 B)のところで見てもらうようになって、このころからステロイド外用剤を意識するようになりました。

この皮膚科 B の先生は「できるだけ弱いステロイドでコントロールしながら、漢方との併用で体質改善をはかる」というポリシーで(あくまでも僕個人が処方を受けた内容からの印象であって、その先生がそうはっきりおっしゃったわけではないですが)、ステロイド剤の強さに関する説明をされ、ロコイドとリンデロン、それからワセリンを処方されました。

  1. 「できるだけ皮膚の乾燥によるかゆみにはステロイド剤はつかわないでワセリンで我慢すること、首にはロコイドをつかうこと、特にリンデロン等の強い薬を扱った手で顔を触ったり目をこすったりしないよう気を付けること」
  2. 「症状が収まったら塗るのを控え、できるだけ頻繁に受診すること」
  3. 「視力が低下していないか気を付け、低下に気づいたらすぐに眼科にいくこと」
などの注意を診察を受けるたびにされていました。

はじめはリンデロン VG が 2 週間に 5 グラム入りのチューブ 1 本程度、ロコイドはなくなり次第(そんなに大量にいらないので)の処方で、風呂上がりと朝にワセリンとまぜて患部に塗っていたように記憶しています。

ご存知のとおりこれらの薬は非常によく「症状を隠して」くれますので、症状が引いたらワセリンのみに切替え、出て来たら塗る、と言う感じでしばらく続けるうち、次第にステロイド使用の頻度は減り、高校3年の受験のころまでには体調も良くなり、大学に入って親元を離れた当初新しい土地で皮膚科を探す必要が ないと思えるほど良い状態になっていました。

ここまでは問題の無い経過のように思えますし、完全に「医者の指示」通りにきちんと使用したかどうかはあやしいにしろ、「乱用」というほどの無茶な使用はしていないと思います。しかし、この断続的な使用と、ステロイドを使ってうまく症状をコントロールできたと自分自身錯覚してしまったことが、後々の禍の元になったのだと考えています。

大学生活1年目の冬、空気が乾燥して来たころにまたアトピーがひどくなり、体がだるくなる、リンパ節が腫れるなど高校のころに襲われた症状の軽いものがおこりましたが、またステロイドを使って同じように徐々に減らして行けばそのうち収まるなどと安易に考えていましたので、帰省した際に皮膚科 B に行って、前と同じ薬を処方してもらいました。

非常に良くない事なのですが、新しい土地でまた医者を探す面倒さから、しばらくは 2 カ月に 1 回程度帰省して、そのたびに皮膚科 B に行くという事を2年生の夏頃まで続けました。このころには顔にもアトピーの症状がでており、ロコイド軟膏を断続的に使いました。

いくら毎日ではないといえ、数週間も使えば当然の結果として「赤ら顔」になります。自分でもこれはやばいのではないか、と思いましたが、かきむしるよりはましだろうし、全身の症状が収まれば自然に引くだろうと思っていました。皮膚科 B でも「顔には続けて塗らないように」「視力の低下にはきをつけて」と繰り返し注意されました。

夏頃、カレンダーを見ていて右目と左目とで黒い文字の濃さが違う事に気づきました。すぐに眼科に行って検査を受けましたが、気のせいではないか、ということでかたづけられました。

このころからステロイド剤の効きが悪くなっているのに気づきました。以前ならひどくなった場合に、塗るとほぼ完全にきれいになっていたのに、皮膚に赤みがのこったり、足などは湿疹がおさまらない状態になったのです。

リンデロンが効かない事を僕が皮膚科 B で訴えると、「引いたらすぐに止める」「足以外には使ってはならない」ことを条件にトプシムなる軟膏を処方されました。このとき僕は旅行を計画していたので、帰るや否やこの軟膏をリンデロンが効かなくなっていた患部に塗りました。ご存知のようにこれは「魔法の軟膏」なので、 患部はうそのように奇麗になりました。

効きが悪くなると同時に、症状が引いて収まっている期間も短くなって来ました。こうなってくると、ステロイドを止めるか、一番危険な連用への道しか残されていません。このことは当時知識としてありましたが、ステロイドをやめるなどという恐ろしい選択は(リバウンド症状を恐れていたわけではなく、日常生活が破綻すると言う意味で)到底選べませんでした。

なんだか書いていて覚醒剤中毒患者みたいですが、まさにその通り、普通の日常を過ごさんがためにステロイドが必要になり、そしてやめられなくなったのです。

(続く)


9月26日の投稿記事(24歳男性:24日の続き)

Date: Thu, 26 Sep 1996 01:06:16 +0900

強い軟膏を使った後、夏休みを過ぎて冬に掛けてはじつは余り覚えていませんが、 9 月後半から 10 月にかけて教習所に通っていた記憶があるので、ある程度安定し、それほど悪化してはいなかったはずです。

ところが 12 月のある朝、目が醒めて窓の方を見た時、なんだか目の見え方がおかしいのに気が付きました。カーテンの影になっている部分が霞んでよく見えないのです。はじめは目脂でも付いてるのかと思って何度も眼を擦って見ましたが、霞みは消えません。右眼で見ると霞んでいないのに、左眼でみるとあきらかに白っぽく霞んで見えました。

何が起こったのか、残念ながら僕にはすぐに理解できました。けれど、僕はこのときこのことを誰にも言えませんでした。もちろん眼科にもすぐには行きませんでした。家族を悲しませたくないということももちろんありましたが、一番恐ろしかったのは白内障の診断をうけることでステロイド軟膏を処方してもらえなくなることでした。

このあと帰省したのですが、眼のくもりが気になって正月気分どころではありません。今考えるとなんとも情けない事ですが、眼科に行くべきかどうか 1 カ月以上も迷っていました。

しかし正月が明けてしばらくして、迷っているどころではない状態であることを身をもって思い知る事になりました。何の拍子にそうなったのか覚えていませんが、今度は右眼視野の中央に黒い筋が現れたのです。アトピーやステロイドによって白内障をおこすことがあるはの知っていましたが、網膜を損傷するおそれがあることについては知識が無かったので、僕ははじめ眼底出血か何かだとおもいました。

とにかく近くの眼科に駆け込んで今までの症状を話し、診察してもらったところ、右眼の眼底検査の結果は網膜裂孔、左眼はやはり白内障であるということで精密検査をうけるようにいわれ、ある大学病院 T を紹介されました。

大学病院 T で検査の結果、このままだと裂孔から網膜剥離が進行する恐れがあり、手術を要するという診断を受け、即入院が決定しました。

手術まで 1 週間程のあいだ、絶対安静で動けないのですが、これは非常に辛い事でした。この病院の皮膚科の先生の診察も受けましたが、原因がステロイド軟膏である可能性からかワセリンを処方してくれるだけで、結果意図しない形でステロイド軟膏を止める事になりました。(もちろん止めるにあたっては現在までの使用状態を聞かれました。使用量からみて問題ないと判断したのだと思います)

皮膚の状態は手術前まででかなり悪化はしましたが、短い期間だった事もあってかリバウンド症状には至らなかったのが幸いでした。眼の球をスパゲッティ様のシリコンで圧迫して剥離箇所を癒着させるという手術は無事成功しました。

(手術や入院生活に関してはいろいろあったのですが、ここでは割愛します。)

手術が終ってからはさらに強い安静が 3 週間程続きました。さすがに皮膚科医も状態の悪化を見兼ねたのか、手術後しばらくして「絶対に顔に塗ってはならない」ことを条件にステロイド軟膏を処方してくれましたので、皮膚の状態は退院のころには入院当時よりも良いくらいの状態まで回復しました。

退院後、入院中に眼科病棟まで出張してくれていた T 大学病院皮膚科の M 先生の診察をしばらくうけることになりました。

こういう状態になっても愚かにも僕は「ステロイドでアトピーはコントロールできる」などと思っていましたので、先生に「ステロイドはできるだけ抑えて、徐々に減らして行きたいと思います」などとのんきにお願いしていました。この先生(もしくは大学)の方針もそうだったのか、この先生が僕の意見を容れてくれたのかは定かではないですが、この方針での診察と治療は 3 年生の夏前まで続き、好運にもステロイドを使わなくとも(ワセリンと抗ヒスタミン剤だけで)比較的良好な状態に再度もっていくことができました。

眼に障害は残ったものの、僕は、アトピーに関してはこの時点で完全にコントロール下に置いたつもりで居ました。

「症状が一時的に悪化する事はあっても、それはステロイドを短期間使い、そしてまた徐々に減らして行けばよい。そうすればアトピーと平和共存できる。」

本気でこんなふうに考えていました。しかし、体は見えないうちに弱っていたのです。

それが露見したのは旅行中のできごとでした。肌の状態がよいことに気を良くしていた僕は、夏に鉄道旅行に出かけました。旅先で銭湯に入り、湯上がりにワセリンを塗ろうとして、ワセリンの入れものが見当たらない事に気づきました。

さすがに何も塗らないのは乾燥してしまうので、「非常用に」持って来たごく少量リンデロンの入ったワセリン(大学病院 T では混ぜた形で処方していました)を、ためらいもなく状態の良い皮膚に塗ってしまったのです。すると半時間もしないうちに皮膚は充血し、真っ赤になってきました。僕は焦りました。どういう理由かはともかくステロイド入りのものを塗ってしまったのが原因であることは状況から明らかですからすぐにトイレに入って拭き取れる箇所は拭きましたが、赤みは収まりません。 旅行の予定を途中で切り上げて帰って、しばらく様子をみることにしました。

帰って数日様子を見ましたが、皮膚の状態(おもに腕や脚の膝からしたの部分)はどんどん悪くなって行きました。それもアトピーの湿疹が悪化すると言うのではなく、皮膚の充血が続き、引っかくとすぐに皮膚が破れるような感じになってしまいました。

大学病院 T の M 先生に診てもらい「ステロイド入りのものを塗ったらこうなってしまった」と言ったのですが、

そういう例は見た事が無いし、おこらないはずだから(「見た事が無い」って、今ここにいる患者が現にそう訴えているのですが)

ということで、違ったタイプのステロイド軟膏(銘柄は覚えていません)を処方され ました。

少し不安を感じたので、もらった軟膏は腕には塗らずに脚の方にだけ塗って見ました。結果、悪化する事は無かったものの、皮膚が固くしまった感じになって、関節を曲げるとつっぱるような感じになってしまいました。赤みは相変わらず改善されませんでした。

1 週間後、再び診察の時にその旨を M 先生に伝えましたが、

「効かないはずないんだけどねえ」

といわれ、さすがに今回は強い薬を要求するのはためらわれたので、しばらく様子をみよう、と言う結論になりました。

(続く)


9月28日の投稿(25歳:男性)

Date: Sat, 28 Sep 96 12:07:34 -0400

初めまして、突然不躾にメールを送信する無礼をお許し下さい。 貴方の様に自らの体験を語り、且つ攻撃的に活動されている方がおられることを知り、胸のすくような思いです。

かくいう私も現在25歳の男ですが、乳児期よりアトピーと付き合いはじめ、以来15年間近くにも渡りステロイド剤を使用してきました。勿論、それは自らの意志ではなく、かかりつけの皮膚科の医師による処方です。きちんと塗っていれば治る。そう聞かされてましたし、またそれを信じていました。

しかし、私も2年前の3月の15日にステロイドときっぱり離別しました。例に漏れず、リバウンドがでました。やはり無惨な姿でした。母はそんな私の姿を見るに耐えかねたのか、リンデロン を買ってきて、お願いだから塗ってくれと涙を流して哀願しましたが、私は塗りませんでした。リバウンドも大変でしたが、そんな母を説得するのも結構骨が折れました(笑)。

そんな状態が3ヶ月ほど続き、忘れもしません、あれは6月の21日でした。いつもの様に早朝入浴し、ピチャピチャと少しずつ濡らすように顔を洗っていると、なんだか違う感触に気づきました。それまで鏡は一切見ていなかった私ですが、この時ばかりどうしても気になって、おそるおそる浴室の鏡に顔を写してみました。するとそれまでじゅくじゅくの惨出液まみれの皮膚が瘡蓋の状態になってました。さらにおそるおそるその瘡蓋に触れてみると、ボロッと崩れ落ちた後から現れてきたのは、紛れもなく、綺麗な皮膚でした。母にそのことを報せ実際にその皮膚を見せると、ただ言葉もなく涙を流し頷くだけでした。

現在はからだの方にだけ、まだ少し残っている状態ですが、それでもステロイドを途用していた頃の悪循環な状態とは比べようもありません。

現在、HIV訴訟のように、厚生省・医者・薬品会社の悪質な癒着が取り沙汰されていますが、こんな事はステロイドに関して言うなら、もう何10年も前からある事柄だと思います。テレビ局などのマスコミも薬品会社のスポンサーが怖いのか、はっきりとステロイドを否定しようとしないし。今、こうしている間にも被害者は増え続けているのかと思うと、胸が痛みます。

なんだか感情の赴くままに書いてしまい、申し訳ありません。


山口泉さん(41歳:男性)の投稿(9月29日)

Sun, 29 Sep 1996 05:15:21 +0900

 実は私は2歳のときから気管支喘息を患っており、41歳の現在にいたるまで、ずっと加療を続けています。昨年ごろから、これまでなかったことですが、足や手、肘、ときに下瞼などに、「湿疹」に似た症状が現われるようになってきました。一方、それと並行して、気管支喘息の状態は比較的、安定した期間が、この半年〜1年ちかくは続いていました。

 ところが、最も状態のひどかった足の甲の湿疹がいっこうに治る気配を見せないため、今春、ステロイド剤のシートを患部に貼るようになった直後から、全身の健康状態に変化が生じています。その部分の湿疹自体は比較的、軽くなってきているのですが(他の部分の湿疹は変わらず)、肝腎の気管支喘息の状態が、急速に悪くなってきたのです。

 しかもそこに、後述する吸入薬の「薬害」問題などが発生したため、この夏以降は、気管支喘息に関しても何種類か、ステロイド剤の服用・点滴・吸入などを継続的にしなければならなくなっている状態です。

 さて本題ですが、この夏、体調が崩れ始めるさなかに、私は30年間使ってきた大日本製薬輸入の気管支喘息吸入薬が「狂牛病」疑惑にからむ「回収」措置によって使用できなくなるという事態に遭遇しました。しかしこの薬は、私だけでなく、現在日本でも数十万人単位の喘息患者が使用してきています。

 厚生省および製薬会社側の重大な責任に関わる問題であり、しかもこれだけの規模の人間の、さまざまな意味で「生命」に影響する問題であると思うのですが、マスメディアは事態をまったく取り上げていません。

 私自身は、自分が月刊「世界」(岩波書店)に連載しているエッセイでもこのことを書き(分載中)、さらに継続的なフォローをするつもりでいます。しかし、「血液製剤」問題以外にも、厚生省という官僚機構がいかに人命を軽視・無視した傲慢な巨大組織であるか、日本社会の中でいまどんな構造的暴圧が進行しているかについて、多くの人びとが(まだ、その当事者自身さえも)あまりにも知らないでいるのが現状であると感じています。

 私のホームページのURLは、

http://www.bekkoame.or.jp/~iizzmm/

です(BEKKOAME発行の「KONPEITO」の「面白ホームページ大特集! 283」にも出ています)。

 とくに、今回の気管支喘息吸入薬の「薬害」問題や、厚生省とのやりとりについては、そのなかの「新作一覧」中「世界」連載『虹の野帖』のページに、中心部分を再録しています。

http://www.bekkoame.or.jp/~iizzmm/nijisaisin.html

 お忙しいおり、恐縮ですが、御確認の上、お返事いただければ幸いです。

 どうぞよろしくお願いいたします。